最新記事

BOOKS

曖昧な君が代は「歌わない国歌にせよ」という提案

2016年1月5日(火)11時25分
印南敦史(書評家、ライター)

 では戦後、国民の「君が代」に対する考え方はどうだったのだろうか? このことについては1962(昭和37)年に行われた「朝日新聞」による世論調査の結果が引き合いに出されているが、そこで明らかになったのは「消極的な肯定」という国民の態度だ。


国民の多くは、「君が代」に対して「意味はよくわからないが、これでいい」という態度を取っていたらしい。(中略)なるほど「君が代」は法律によって国歌と定められていたわけではなかった。戦後の日本は民主国家なので、事実上の国歌に収まるためには国民の支持や同意も必要だろう。ただ(中略)戦後の日本でも「君が代」は事実上の国歌として通用し続けていたのではないかと思われる。政府も長らく慣習としてそのように扱ってきた。(222ページより)

 つまりはこうした"曖昧なバックグラウンド"があったからこそ、文部省と教職員らとの対立も深まったのかもしれない。ちなみに、「君が代」は1999年に「国旗国歌法」の施行により国歌として法制化されたが、それは国民に「君が代」の斉唱を義務づけたものではなかったこともあり、以後も論争は続くことになる。

 さて、こうしてまとめてみただけでも充分にややこしい「君が代」だが、では私たちは結局のところ、この歌とどう関わっていけばいいのだろうか? このことについて著者は、本書の最後で重要な提案をしている。

 大雑把にいえば、「君が代」は日本の国歌として受け入れ、しかし歌うことは強制せず、複雑な歴史を学んでいくべきだということ。なかでも注目すべきは、「君が代」を「歌う国歌」から「聴く国歌」に変えてはどうかという考え方である。


「歌う」という行為は、強制された時の屈辱感や抑圧感がとても強い。それは日本が急速に近代化する時には必要だったのかもしれないが、今やそんな時代でもないだろう。(中略)これに比べ、「聴く」という行為は、(一分程度であれば)強制されてもそれほど強い抑圧感はもたらさない。実際、多くの日本人にとって「君が代」はすでに「聴く国歌」となっている。(253ページより)

 たしかにそのとおりで、私も歌わされることには抵抗があるが、だからといって否定派だというわけでもなく、楽曲としての「君が代」は聴くたびに「いい曲だな」と感じる。ましてや右とか左とか、そういうことでもないように思える。

 思想信条以前に、そのような感覚は誰のなかにもあるのではないだろうか? だからこそ、感情的になったり、その結果としてなんらかの考え方を押しつけたりするのではなく、「私たちの歌」として個々人が大切にしていけばいいのではないかということだ。それは「決定的な答え」ではないかもしれないが、「ひとつの答え」ではあり、それが重要だと考えるのである。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『ふしぎな君が代』
 辻田真佐憲 著
 幻冬舎新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中