最新記事

中国社会

知られざる「一人っ子政策」残酷物語

強制堕胎、罰金、家財没収、解雇……ついに廃止が決まった一人っ子政策が残した傷を、SNSの海から拾い上げる

2015年11月5日(木)19時10分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

ひとりひとりの物語 30年以上続いた一人っ子政策の廃止が決まったが、この悪法は多くの家族に一生消えない傷を残した(1979年から2014年まで生まれ年ごとに1人ずつ上海で撮影した写真作品) Carlos Barria- REUTERS

 10月29日、中国は一人っ子政策廃止の方針を発表した。あまりに遅すぎた方針転換と言うべきだろう。一人っ子政策によって中国は超スピードでの高齢化や性別人口のアンバランスという難題を抱え込んでしまった。また多くの人々、家族に一生消えない傷を残している。

巨大な罰金利権が一人っ子政策を存続させた

 中国全土で一人っ子政策が導入されたのは1980年のこと。人口急増が続けば食糧不足、資源不足が深刻化するとの懸念が動機となった。もっとも、人口抑制は中国のみならず、世界的なトレンドでもあった。国連は1974年を世界人口年に指定し、各国に人口抑制を促している。日本も人口抑制を進めており、同年に開催された日本人口会議では子どもは2人までと提言していた。

 あれから40年が過ぎた今、むしろ少子化が問題となっており、先進国は少子化対策に躍起になっている。しかし中国は、他国同様に出生率が低下したにもかかわらず、2015年まで一人っ子政策を続けるという"失策"を犯してしまった。たんに少子化が急激に進行しただけではない。出生前の性別検査で男児を選んで出産する人が多く、中国の性別人口比は女性1人につき男性1.18人という深刻なアンバランスに陥っている。2020年には結婚適齢期の男性人口が女性を3000万人以上上回ると推定されており、「結婚できない問題」は社会不安につながりかねないとも懸念されている。

 なぜ、一人っ子政策の廃止はここまで遅れてしまったのだろうか。それは官僚国家の病だろう。一人っ子政策という大目標を粛々とこなす巨大官僚組織が形成され、罰金利権が生まれた。1980年から通算で2兆元もの罰金が徴収されたと推算されている。罰金は国庫に上納される規定だが、実際には大部分が地方自治体の財源になっていた。10年以上前から人口学者は一人っ子政策の廃止が必要だと訴えてきたが、抵抗勢力によって阻まれ続けてきた。

 一人っ子政策は中国語で「計画生育」と書く。官僚には出産管理に関するさまざまな「業務」が存在する。

 たんに2人目の子どもを産んだら罰金というだけではない。出産許可書を取得しないままでの出産を罰したり、あるいは地方自治体が定めた避妊手術目標数を達成するために、村々に対象人数を割り振って強制的に手術するといった蛮行もしばしば行われた。目標達成のために未婚の女性に不妊手術を行ったとの事例まで報告されている。また罰金を払わなかったため戸籍がもらえず、多くの「黒孩子」(無戸籍者)が生まれた。黒孩子たちは、公立学校など公共サービスが受けられないまま成長することを余儀なくされた。

 1990年代には一人っ子政策の達成度が「一票否決制」(官僚の政治業績を審査する際、経済成長など他の項目を満たしていても、ある特定の項目が合格点以下だった場合には不適格と認定する制度)に組み込まれたため、地方政府はさらに熱心に取り締まりを強化している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中