最新記事

中国社会

知られざる「一人っ子政策」残酷物語

2015年11月5日(木)19時10分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

検閲で消される前の批判を集めた電子書籍から

 一人っ子政策は中国の社会・経済に深刻な問題をもたらすと同時に、多くの人々に一生ぬぐえない傷を残した。

 一人っ子政策によって人々がどのような傷を負ったのか、中国人の声を紹介してみたい。中国のSNSでは政府や政策に対する批判が数多くつぶやかれている。検閲によって消されてしまうことが多いが、消される前のつぶやきを集めた『計生紀事』という電子書籍が出回っている。同書の一部を紹介しよう。

「役人が一人っ子政策違反の罰金徴収にやってきた。強制堕胎をされそうになった時、父が必死に守ってくれたから私は生まれてくることができた。役人に"ありがとう、殺さないでいてくれて"と感謝するべきかな。」

 罰金は現在、社会扶養費と呼ばれている。罰金の基準は地域によって異なるが、平均年収の数倍という高額になる。また富裕層に対してはさらに巨額の罰金が科される。2013年には中国を代表する映画監督チャン・イーモウ氏の一人っ子政策違反が明らかとなり、748万元(約1億5000万円)の罰金が科された。

「私を産む時、母は10キロほど離れた祖母の家に隠れていた。2人目の出産だとあたり前の話なんだけど。でも役人はそこまで追いかけてきたんだ。お隣さんが役人が来たのに気づいて教えてくれ、母をかくまってくれた。その翌日に私は生まれた。」

「私の母は殴られて血を流しながらも必死にお腹の中にいる私を守ってくれた。それで生まれることができたんだけど、多額の罰金を払ったし、商人だった父の在庫をごっそり没収された。それだけじゃなくて、家中むちゃくちゃに打ち壊されたんだ。」

「私の幼名は伍百だった。罰金額がそのまま幼名になった。」

「妊娠6カ月の時、母は強制堕胎に連れていかれた。ただ役人に知り合いがいたので必死に頼み込んで許してもらったんだ。私が生まれたことで父も母も仕事を失い、中国共産党の党籍も失った。ひどい暮らしだった。」

 一人っ子政策違反では、罰金だけでなく、公務員や国有企業従業員ならば解雇、共産党員なら党籍剥奪の処分が科されることもある。

「私には姉がいたはずだった。妊娠8カ月で堕胎させられた。お腹から出された姉はまだ生きていたというけど、医者がへそに注射を打って殺した。悲しみのあまり母は飛び降り自殺をしようとしたんだけど、祖母が"あなたが死んだら私も生きていけない"と言って必死にひきとめた。翌年、母は私を生んだんだけど、妊娠したのがばれないように真冬でも綿をぬいたコートで過ごし、出産前日も仕事していたって。」

「1980年代にはよくあったことだけど、単位の規定出産数が一杯になったので、堕胎されるということがあった。1人目であってもね。私もそうなるところだった。」

 単位とは「所属先」を指す言葉。政府機関、国有企業、学校などはいずれも単位である。かつては単位ごとに出産できる上限が定められたため、1人目の出産でも許可されないケースもあった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中