最新記事

中国政治

汚職の次は「さぼり」を取り締まり始めた中国

習近平の反汚職運動が生み出した「不作為」官僚たちが、経済成長鈍化の原因に?

2015年10月15日(木)18時24分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

「ちゃんと働け」 パンダはのんびりしていても許されるが、地方官僚たちの「さぼり」は処罰の対象に VanWyckExpress-iStockphoto.com

 13日、日本に導入されたばかりのマイナンバー制度をめぐる汚職事件が発覚した。厚生労働省情報政策担当参事官室の室長補佐、中安一幸容疑者が経営コンサルタント企業から現金100万円を受け取った容疑で逮捕された。

 日本の汚職事件はいつも中国人に新鮮な驚きを与える。「たったこれっぽっちの収賄で官僚が逮捕されるの?」という驚きだ。ちょっとしたポジションにつけば数億円、数十億円の蓄財が当たり前の中国とは次元が違う。

 汚職は官僚の専売特許ではない。先日、知り合いの中国人から「ブランド物の財布が欲しいので、日本で買ってきて欲しい」と連絡があった。月給3000元(約6万円)程度のコックさんなのによくお金があるなと思って話を聞いてみると、仕入担当となったため業者からキックバックをもらえる身分となり、一気にお金持ちになったのだとか。悪徳業者の横領によって社員食堂や学食の食事が劣化、暴動騒ぎになるというのはよくあること。突然ブランド物で身を固めた彼が吊し上げられないか、心配である。

 ことほどさように、中国では権力、権限と金が深く結びついている。うまい汁を吸えない一般市民がもっとも恨みを抱く問題であり、権力の正統性を失わせる要因だ。この状況を変えようとしたのが習近平体制の反汚職運動だ。「トラ(大物)もハエ(小物)も叩く」との言葉通り、大物官僚のみならず膨大な数の官僚が摘発された。実際には摘発数の割当を満たすため、拷問してまで無理やり汚職を自白させているケースもあるが、反汚職運動が習近平の庶民人気を支える柱となっていることは間違いない。

「汚職は避けられないから仕事をしない」という説

 ところがこの反汚職運動が今、中国経済の足をひっぱっていると問題になっている。賄賂に使われる高級贈答品が売れないという話もあるが、それ以上に注目されているのが「不作為」だ。

「不作為」とは、やるべきことをしないこと、つまりサボタージュだ。積極的な経済成長策を実施しない、開発に取り組まない、企業誘致を行わないといった問題である。これらが経済成長の鈍化につながっているのではないかと懸念されている。2014年には、李克強首相が「不作為の"さぼり政治"もまた腐敗だ」と強く批判し、取り締まりを指示した。摘発を担当する督査(査察)チームが全国に派遣されたほか、各地域で不作為規制条例を制定する動きも広がっている。

 もっとも、不作為の動機については諸説が飛び交っている。第一に、賄賂がなくなり仕事をするモチベーションがわかないという解釈。第二に、反汚職運動に対する消極的な抗議という説だ。サボタージュが広がれば反汚職運動をストップせざるを得ないとみて政権に圧力をかけていると考えられる。

 一番面白いのが第三の説で、官僚が仕事をすれば確実に汚職が発生するので保身のためには働いたら負けだという説である。自分だけ清廉潔白を貫こうとしても部下が収賄していれば監督責任を問われる。冒頭でも述べたように、権力、権限があれば必ず汚職があるのが中国の常。汚職撲滅が無理なら仕事をやめるしかないというあきらめの境地だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の相互関税、一部発動 全輸入品に一律10

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、2週連続減少=ベーカー

ワールド

台湾の安全保障トップが訪米、トランプ政権と会談のた

ワールド

北朝鮮の金総書記、特殊作戦部隊の訓練視察 狙撃銃試
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    5万年以上も前の人類最古の「物語の絵」...何が描か…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中