最新記事

文明

遅きに失した遺跡保護の叫び

2015年6月9日(火)11時21分
ティモシー・マグラス

 昨年1月に提出された世界遺産の保全状況に関する報告書で、シリア文化省はパルミラ遺跡と周辺地域の内戦による被害状況を説明している。それによると、ベル神殿の近くにあるヤシの木立の周辺は特に損傷が激しく、神殿の壁や玄関屋根の柱に砲弾や銃弾の跡が多数確認された。一部の柱が倒壊し、窓や石に焼け跡もあった。

 ただし、報告書はシリア政府の報告に基づいている。ユネスコの専門家は11年3月以降、現地に近づくことができず、被害の全貌は明らかになっていない。しかしユネスコは、衛星写真などの資料から、シリア政府が現在もパルミラ遺跡を軍事作戦の拠点に使っていると考えている。

 遺跡を破壊するのは、砲弾や戦車だけではない。戦闘の影響で、考古学的に貴重な遺物が、いわば略奪し放題なのだ。昨年の保全状況報告書でも、パルミラ遺跡の墓地の谷やディオクレティアヌス城砦で、重機まで使った大掛かりな略奪が横行していると指摘されている。

 ユネスコは先週、ISISがパルミラを制圧したことを受けてビデオで声
明を発表。イリナ・ボコバ事務局長は、パルミラ遺跡の破壊は「戦争犯罪というだけでなく......人類にとって甚大な喪失だ」と訴え、モスルやニムルドで行われた略奪にも言及し、パルミラの事態の進展を「極めて憂慮している」と述べた。

 一方でボコバは、シリア政府軍に対して以前から、遺跡周辺の軍事作戦を中止するように要請していたことにも触れた。「残念ながらこの2年間、(遺跡は)打撃を受けてきた。パルミラは軍事キャンプと化している」

 ISISが古代文明の象徴を喜々として破壊していることは確かだ。しかし、彼らがパルミラで人類の歴史の足跡をまた1つ消し去るとしても、シリアの内戦が4年前に始めた破壊行為を完了させるにすぎない。

From GlobalPost.com特約

[2015年6月 2日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報

ビジネス

独総合PMI、11月は2月以来の低水準 サービスが

ビジネス

仏総合PMI、11月は44.8に低下 新規受注が大

ビジネス

印財閥アダニ、資金調達に支障も 会長起訴で投資家の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中