最新記事

生命倫理

ベルギー「子供の安楽死」合法化のジレンマ

世界初の新法に倫理上・道徳上の落とし穴はないのか

2014年2月17日(月)12時20分
エリーサーベト・ブラウ

幼い命 子供の安楽死を認めるべきかどうかの議論はベルギーを二分している Sebastian Rose-Flickr/Getty Images

 ユッテ・ファンデルウェルフテンボスは、10歳の息子にもう「あの話」をした。そういう会話を既に数回している。

 と言っても、セックスの話ではない。安楽死の話だ。

「息子が死にたいと言えば、その決断を支持する」と、彼女は言う。「私のために生きてもらうつもりはない。息子自身の生と死の問題だから。わが子が死にたいのなら死なせてあげるのがいい親だと思う」

 架空の世界の話ではない。ファンデルウェルフテンボスと4人の子供たちが暮らすベルギーでは、今年早々に子供の安楽死を認める法律が成立しそうだ。

 この法案は、末期症状の病気に苦しむ未成年者に、死を選択する権利を認めるものだ。年齢制限はない。ベルギーでは02年に、本人の同意を前提に成人の安楽死が合法化されている。

「子供だからと言って、親の意向を押し付けるべきではない」と、ブリュッセル大学病院の小児腫瘍科医であるファンデルウェルフテンボスは言う。「癌などの末期患者の子供は、精神的な成熟が早い。自分の生と死に向き合い、どのように死にたいかを深く考えている。親より勇気のある子供もいる」

 今回の安楽死法案は、医師が未成年の末期患者に安楽死を選ぶよう勧めることも認めている。子供が死を選べば、親はその意向に従わなくてはならない(ただし、従わなかった場合の罰則は定めていない)。実際の処置は、主に医師が筋弛緩剤か鎮静剤を過量投与することで行われる。そうすると患者は昏睡状態になり、やがて息を引き取る。

 成人の安楽死を認める法律ができて以来、ベルギーでは安楽死を望む患者が増えており、その数は年間1400人を超す。現在、本人以外が処置を行う形での安楽死を認めている国は、ベルギー、ルクセンブルク、オランダの3カ国だ。

 しかし、子供の安楽死を合法化する動きは、さまざまな倫理的・道義的・法的ジレンマを生み出している。親がわが子の安楽死を主張することは、いかなる状況でも許されるのか? 安楽死を選べば周囲の人の人生にも大きな影響が及ぶことを考えると、大人のような合理的判断力のない子供にその選択を委ねていいのか?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中