最新記事

日韓関係

大人になれない韓国外交

2012年10月11日(木)14時13分
ジェフリー・ホーナング(アジア太平洋安全保障研究センター准教授)

中国と北朝鮮には好都合

 それでも外交的な観点からすれば、李の行動は理にかなったものとは言えない。日本に歴史問題の解決を促す意図があったとしても、効果の程は疑わしい。謝罪要求を繰り返せば日本側の反発を招き、不必要に緊張を高めるだけだ。実際、日本政府は駐日韓国大使を呼んで李の竹島訪問に抗議し、韓国駐在大使を一時的に召喚した。

 それ以上に問題なのは、日韓が直面する共通の脅威だ。中国の軍備増強、北朝鮮の核・ミサイル開発、極東におけるロシアのプレゼンス拡大などである。

 こうした状況に対処すべく、アメリカはこの地域のパワーバランスの再構築を進めている。日韓両国は同盟国としてこれに全面的に協力すべき立場だ。日韓協力が地域の安全保障のカギを握るこの重大局面で、李は両国の亀裂を広げる愚挙に出た。

 李の竹島訪問で、日本政府は韓国に柔軟な姿勢を示せなくなった。長期的にそれがどう影響するか、非常に気掛かりだ。

 日本は国際司法裁判所(ICJ)への共同提訴を韓国に提案し、竹島の領有権主張を国際社会にアピールしている。日本は日韓関係への影響を考慮して、62年以降は提訴を見合わせてきた。ICJが審理に入るには当事国双方の同意が必要だが、韓国は拒んだ。これは結果的に日本を利する。国際的な議論で日本に主役の座を譲ったに等しい。

 日韓関係の急速な冷え込みで、複数の交渉チャンネルが断たれてしまうことも深刻な懸念材料だ。先週行われたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)でも、日韓の首脳は儀礼的な挨拶を交わすにとどまり、「立ち話」さえ行われなかった。

 最悪のシナリオは、中国と北朝鮮が自国の利益のために日韓の不協和音を利用することだ。先月、日本と北朝鮮の赤十字会談が久しぶりに開催され、第二次大戦末期と終戦直後に北朝鮮に残された日本人遺骨の返還問題が協議された。

 この場で政府レベルの交渉が必要とされたことを受け、先月末には4年ぶりに歴史問題の解決と国交正常化に向けた予備交渉として日朝の政府間協議が行われた。近々、本協議が行われる予定だ。日本人拉致問題をめぐる02年の赤十字会談が日朝間の交渉を促し、同年9月の日朝首脳による「平壌宣言」につながった。当時の経緯を振り返ると、今回も国交正常化などの重要問題をめぐり日朝交渉が進む筋書きはあり得る。

 かつては、韓国が歴史問題で日本に謝罪を求めるのは正当な要求に見えた。日本政府は戦後補償を行った以外、過去の行為に関しておおむね沈黙していたからだ。

 今はそうではない。日本政府と社会は繰り返し罪を認め、補償を行ってきた。98年の日韓共同宣言では、金大中(キム・デジュン)大統領が小渕恵三首相の謝罪を受け入れ、両国は歴史を乗り越えて「未来志向」の関係を目指すと誓ったはずだ。李は日本に「心からの謝罪」や「誠意ある措置」を迫ったが、こうした曖昧な要求では、歴史カードを政治に利用するポピュリストと見なされても仕方がない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中