悪酔いする停滞のイギリス
五輪は成功裏に終わったが、不景気と緊縮財政で社会のムードは真っ暗で、深酒に走る人が増えている
宴は終わり オリンピック開会式の興奮に酔ったロンドンっ子たち Sergio Moraes-Reuters
土曜日の夜10時45分。その一団は、霧雨を避けてロンドンのリッチモンド駅の入り口にたむろしていた。10代後半〜20代前半くらいの若者が6人。男女それぞれ3人ずつだ。
女の子たち3人の格好は、嫌でも人目を引く。ハイヒールに薄手のスカート、スプレーで固めた髪、目には濃いマスカラ。パーティー用におしゃれをしているようだ。1人は、金切り声を上げて意味不明なことを叫んだり、耳障りな笑い声を上げたりしている。
別の女の子は、おぼつかない手つきでたばこに火を付ける。赤い髪の毛に、パッチリした目をしたかわいらしい女の子だ。今日が誕生日らしいが、どういう訳か泣いている。
やがて彼女が大声でわめき始めると、ほかの女の子2人は甲高い声で叫び、男の子3人は所在なげにニヤニヤ笑いながら見ている。若者たちは明らかに泥酔している。
バスがやって来ると、一団はよろめくようにして乗り込む。ほかの乗客は、礼儀正しいイギリス人らしく、何事もなかったような態度を取りつくろう。
誕生日の女の子は一向に落ち着きを取り戻さず、泣き続けている。しばらくして席を立とうとしてつまずき、ほかの女の子2人に支えられる。
3人の女の子が押し合いへし合いしながら悲鳴を上げているうちに、バスが停留所に到着。誕生日の女の子は、友達の手を振りほどいて床に倒れ込み、転がるようにしてドアの外へ。そのまま水たまりに転落した。
華やかなスポーツの祭典に世界の注目が集まっているが、いまイギリス人には、「酔っぱらわなきゃ、やってられない」と感じることが山ほどある。
エリザベス女王の即位60周年を祝う「ダイヤモンド・ジュビリー」にロンドン五輪と、派手なイベントが続く2012年は本来、イギリスにとって輝かしい年になるはずだった。パリなどのライバルを退けて、ロンドンがオリンピック開催地に選ばれたときは、イギリスの明るい未来にお墨付きが与えられたように思えた。
だが、ロンドン五輪開催が決まったのは05年の話。イギリスの景気が絶好調だった時期のことだ。今や状況は一変し、12年は予想に反して苦々しい年になっている。
08年の世界金融危機に続き、息をつく間もなくユーロ危機の直撃を受けた。イギリスはユーロ加盟国ではないが、ユーロ圏は最大の貿易相手。火の粉が降り掛かるのは免れられない。
思い切った歳出削減こそ債務危機を乗り切る唯一の方策だと、イギリス政府は他国に先駆けて判断。こうして、イギリスは緊縮財政の時代に突入した。
その結果、イギリス人は緊縮財政のマイナスの側面もいち早く思い知らされた。政府が財政支出を減らしたため経済活動が活性化せず、景気が一向に改善しない。現在、イギリスの失業者の数は250万人以上。有力紙のガーディアンによれば、さらに700万人が「貧困と隣り合わせ」だという。
こうした暗いムードの中、アルコールに安易な逃げ道を見いだすイギリス人が増えている。週末になると、イギリスのあらゆる町の繁華街が酔っぱらいに占拠されるようになった。プラハやブダペストなど、ヨーロッパ大陸の町では、格安航空会社を利用して乗り込んできたイギリス人旅行者が美しい町を千鳥足で歩き、嘔吐する姿が目立つようになった。