最新記事

東南アジア

「ビルマの春」は早過ぎる?

2012年5月11日(金)16時20分
ウィリアム・ロイドジョージ(ジャーナリスト)

経済制裁解除をにらんで

 同じ頃、カナダのジョン・ベアード外相もスー・チーを訪ねた。ウィリアム・ヘイグ英外相、ヒラリー・クリントン米国務長官らに続く訪問だ。ベアードは訪問前にテイン・セインとも会談しており、補欠選が自由かつ公正に実施されることを大いに期待していると語った。

 問題は、ビルマに対する経済制裁がいつ解除されるかだ。スー・チーは自由で公正な選挙の実施が制裁解除の目安としている。スー・チーは20年間近くビルマへの観光に対する制裁措置を強く求めていたが、既に観光客を歓迎する意向を表明している。彼女が自宅軟禁を解かれて以来、ビルマを訪れる観光客は急増。ホテルも航空機も予約で満杯のところが多い。

 観光客だけではなくビジネスマンも、世界中からビルマに押し寄せている。制裁解除がささやかれるなか、あらゆる分野の目ざとい連中がハゲタカのようにラングーン周辺をうろついている。市内有数の高級ホテルのロビーでは下見に来たというスイス人投資家が「ぐずぐずしていたらビルマが食いつぶされてしまう」と語った。

 国内外のビルマ人の多くが、ビルマへの投資ラッシュは、脆弱なラングーンとビルマの経済に悪影響を及ぼすと懸念している。「一連の改革は無計画で、あまりに性急に進められている」とある欧米人外交官は言う。「生活水準が上がるのはいいが、経済とインフラが崩壊する危険性が高い」。外国からの投資が殺到し、ビルマ人が投資する余地がほとんどなくなるのではないかとの懸念もある。「変化のペースが速過ぎると思う」とこの外交官は言う。

 ラングーンでは初めて通りを車が行き交っている。3カ月前まで市民が目にしたことのなかった光景だ。制裁解除の臆測を受けて不動産価格も急騰。ビルマ人が先を争って土地に投資する結果、地価は今やタイの首都バンコクを上回っている(外国人の投資も増えている)。ある不動産業者の話では「本物の市場ではないかもしれないが、当面は下落しないはずだ」。

自由を満喫する市民たち

 ビルマ人も外国人も制裁解除を期待しているが、長く軍事政権と闘ってきた人々の多くは時期尚早だと感じている。NLDのサンダー・ミン候補は、補欠選が自由かつ公正に行われても制裁解除の目安にはならないと主張する。来月1日に争われる45議席すべてをNLDが勝ち取ったとしても、まだ不十分だという(全48議席中、残り3議席は選挙が延期された)。「国際社会は15年の総選挙まで待つべきだ。NLDが全議席を自由に争うことができたら、そのときこそ晴れて制裁を解除できる」

 それでも、変化は感じられると、サンダー・ミンは言う。07年の反政府デモ「サフラン革命」に関与したとして5年間投獄され、今年1月に釈放されたときには人々の考え方が大きく変わっていたという。

「みんなもう恐れていない。私が投獄される前は誰もがびくびくしていた」と、サンダー・ミンはラングーン市内の自宅で語った。「今はどこで政治の話をしても逮捕される心配はない。以前はスー・チーの話をするだけですぐ逮捕された。今はみんな喜びをかみしめている」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中