貴族首相が変える世界とイギリス
ある意味、キャメロンのようにユーロに懐疑的な姿勢は今に始まったことではない。イギリスは40年前に欧州単一市場の仲間入りをして以来、EUとの関係は中途半端だった。ユーロ創設時にイギリスがポンドを放棄しない道を選んだのがいい例だ。
しかしキャメロンはこれまでの英首相と違い、ユーロに不参加でもイギリスが「ヨーロッパの中心」にあるようなふりはしない。キャメロンとジョージ・オズボーン英財務相から見れば、大陸側が苦境に陥るのは当然だ。通貨統合の結果、大陸側は歳入の共同プールや加盟国間の資金移転、ユーロ共同債の発行も含めた連邦財務制を取る以外に道がないも同然。だったらヨーロッパ共和国をつくればいい、とキャメロンらは言う。ただしイギリス抜きで、と。
今年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、アンゲラ・メルケル独首相は自らが考える未来のヨーロッパを典型的な連邦主義の言葉で定義した。一方、キャメロンはヨーロッパをこう考える。「大西洋からウラル山脈まで、トルコを含めた革新と創意にあふれた重要で繁栄する単一市場、大いに政治的意思を持つ大陸。ただし連邦国家ではない。『ヨーロッパ』という国家ではない」
イギリスがEUを離脱する可能性について聞くと、キャメロンは不機嫌になる。「それはないと思う。イギリスは既に選択をしたのだから」。その選択とは、EUの積極的な加盟国だが通貨統合には参加しない、外交・通商政策に関する決定には関与するが、通貨・財政政策には口出ししない、というものだ。そんな中途半端な立場を大陸側がいつまでも許すかどうか。
経済再生に不退転の決意
43歳7カ月での首相就任は1812年のロバート・バンクス・ジェンキンソン(リバプール伯爵)以来最も若い。伯爵は歳出削減で失業率を上昇させ、民衆の暴動を招いたとされる。
キャメロンもそうなるのではないかと危惧する声もあるだろう。キャメロン政権は早くも増税に踏み切り、公共支出にも大ナタを振るう構えだ。英財政学研究所によれば、歳出削減はイギリスでは第二次大戦以来の大規模なものになる見込みだ。
歳出削減は始まったばかりだというのに、英経済は早くも窮地に陥っている。11年第4四半期のGDPは0・2%減少。失業率は現在8・4%と17年ぶりの高水準だ。景気の二番底入りで税収は減少、一方で福祉支出は増えている。そのため赤字はなかなか減らない。今年2月、米格付け会社ムーディーズはイギリスの「Aaa」の格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ(弱含み)」に引き下げた。
それでもキャメロンは動じない。財政は就任前から逼迫しており、景気刺激策という選択肢はなかった。緊縮なくしては、ギリシャやポルトガルなどの経済を破綻させた債券市場の反発を招く恐れがあった。「債務危機の解決策が、より債務を増やすことだなどという考えは間違いだ」とキャメロンは主張する。
その決意は固い。「険しい道だが、イギリスが通るべき道だ。われわれには債務と赤字と歳出を数年間かけて削減する非常に明確な計画がある。ただし、それに伴う通貨政策は独自の、非常に積極的なものだ。わが政権は財務政策では保守的だが通貨政策では積極的だ。その逆よりは正しいと思う」