最新記事

英政治

貴族首相が変える世界とイギリス

2012年4月24日(火)18時17分
ニーアル・ファーガソン(ハーバード大学歴史学部教授、本誌コラムニスト)

 ある意味、キャメロンのようにユーロに懐疑的な姿勢は今に始まったことではない。イギリスは40年前に欧州単一市場の仲間入りをして以来、EUとの関係は中途半端だった。ユーロ創設時にイギリスがポンドを放棄しない道を選んだのがいい例だ。

 しかしキャメロンはこれまでの英首相と違い、ユーロに不参加でもイギリスが「ヨーロッパの中心」にあるようなふりはしない。キャメロンとジョージ・オズボーン英財務相から見れば、大陸側が苦境に陥るのは当然だ。通貨統合の結果、大陸側は歳入の共同プールや加盟国間の資金移転、ユーロ共同債の発行も含めた連邦財務制を取る以外に道がないも同然。だったらヨーロッパ共和国をつくればいい、とキャメロンらは言う。ただしイギリス抜きで、と。

 今年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、アンゲラ・メルケル独首相は自らが考える未来のヨーロッパを典型的な連邦主義の言葉で定義した。一方、キャメロンはヨーロッパをこう考える。「大西洋からウラル山脈まで、トルコを含めた革新と創意にあふれた重要で繁栄する単一市場、大いに政治的意思を持つ大陸。ただし連邦国家ではない。『ヨーロッパ』という国家ではない」

 イギリスがEUを離脱する可能性について聞くと、キャメロンは不機嫌になる。「それはないと思う。イギリスは既に選択をしたのだから」。その選択とは、EUの積極的な加盟国だが通貨統合には参加しない、外交・通商政策に関する決定には関与するが、通貨・財政政策には口出ししない、というものだ。そんな中途半端な立場を大陸側がいつまでも許すかどうか。

経済再生に不退転の決意

 43歳7カ月での首相就任は1812年のロバート・バンクス・ジェンキンソン(リバプール伯爵)以来最も若い。伯爵は歳出削減で失業率を上昇させ、民衆の暴動を招いたとされる。

 キャメロンもそうなるのではないかと危惧する声もあるだろう。キャメロン政権は早くも増税に踏み切り、公共支出にも大ナタを振るう構えだ。英財政学研究所によれば、歳出削減はイギリスでは第二次大戦以来の大規模なものになる見込みだ。

 歳出削減は始まったばかりだというのに、英経済は早くも窮地に陥っている。11年第4四半期のGDPは0・2%減少。失業率は現在8・4%と17年ぶりの高水準だ。景気の二番底入りで税収は減少、一方で福祉支出は増えている。そのため赤字はなかなか減らない。今年2月、米格付け会社ムーディーズはイギリスの「Aaa」の格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ(弱含み)」に引き下げた。

 それでもキャメロンは動じない。財政は就任前から逼迫しており、景気刺激策という選択肢はなかった。緊縮なくしては、ギリシャやポルトガルなどの経済を破綻させた債券市場の反発を招く恐れがあった。「債務危機の解決策が、より債務を増やすことだなどという考えは間違いだ」とキャメロンは主張する。

 その決意は固い。「険しい道だが、イギリスが通るべき道だ。われわれには債務と赤字と歳出を数年間かけて削減する非常に明確な計画がある。ただし、それに伴う通貨政策は独自の、非常に積極的なものだ。わが政権は財務政策では保守的だが通貨政策では積極的だ。その逆よりは正しいと思う」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ戦争担当特使にケロッグ元陸軍中将、米次期

ワールド

メキシコ「トランプ関税で40万人の米雇用喪失」、報

ビジネス

米PCE価格、10月前年比+2.3%に伸び加速 イ

ワールド

トランプ氏指名の閣僚候補らに脅迫、自宅に爆破予告な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 3
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウクライナ無人機攻撃の標的に 「巨大な炎」が撮影される
  • 4
    「健康食材」サーモンがさほど健康的ではない可能性.…
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    「健康寿命」を2歳伸ばす...日本生命が7万人の全役員…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    未婚化・少子化の裏で進行する、「持てる者」と「持…
  • 9
    トランプ関税より怖い中国の過剰生産問題
  • 10
    バルト海の海底ケーブル切断は中国船の破壊工作か
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 7
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 10
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中