貴族首相が変える世界とイギリス
自国通貨の維持以外に、景気テコ入れ策の選択肢としてキャメロンが公表しているのは税制改革だ。といっても無謀な減税ではなく、責任ある税制改革。減税するなら「対象をはっきりさせたい」とキャメロンは言う。
注目すべきは、緊縮政策を打ち出している割にキャメロンとキャメロン政権の支持率が高いことだろう。「われわれはつらい決定をする権限を国民から負託されている。その決定が必要で公正で最終的には有益だと、国民を説得しなければならない」。目指すのは経済の金融依存を減らすこと、特に製造業の復活だ。「イギリスは会計士ばかりの国ではない」
15年に予定されている次期総選挙では保守党の単独過半数も夢ではないとキャメロンは考えている。経済は今年以降上向く見込みだから、現実味は高い。
「典型的なイギリス市民」
今回の訪米の最大の目的はもちろん、アメリカとイギリスの中東政策が一致していると確認することだ。リビア介入の結果に勢いづくキャメロンは、昔ながらのアメリカとイギリスによる中東支配を望んでいる。イラクで懲りているオバマを説得しなければならないが、(ソマリアは言うまでもなく)シリアの事態を収拾するのは両国をおいてほかにない、というわけだ。
キャメロンもトニー・ブレアのようにアメリカの共感を得られるだろうか。2人には共通点が多い。以前の経済力と軍事力を失っているというハンディも共通だ。過去10年間で経済規模では中国とブラジルに追い越され、国防費は大幅に削減された。
多くのアメリカ人にとって、イギリスは一種の骨董品。お高くとまった支配階級と騒々しい下層階級──周辺には反抗的なケルト人もいる。スコットランドが独立の是非を問う住民投票を計画していることについて、キャメロンは実施自体は容認する構えだ。イギリス解体の引き金になるのではと聞くと、「そうならないことを強く望む」という答えが返ってきた。
「母方はウェールズ、父方はスコットランドの出だ。私自身はイングランド人の血も流れ、ユダヤ人の血も少々混じっている」(キャメロンの高祖父はユダヤ人銀行家だった)。この「程よいミックス」が自分を「典型的なイギリス市民」にしていると、キャメロンは言う。
そのため上流出身にもかかわらず、キャメロンが夢見るイギリスは『ダウントン・アビー』の世界ではない。由緒正しきイギリス人が夢見るイギリス──ヨーロッパに近いが完全に組み込まれてはおらず、アメリカと同盟関係にはあっても従属関係ではない、多民族国家だ。
チャーチルもきっとうなずくだろう。
[2012年3月28日号掲載]