最新記事

英政治

貴族首相が変える世界とイギリス

2012年4月24日(火)18時17分
ニーアル・ファーガソン(ハーバード大学歴史学部教授、本誌コラムニスト)

 では、当時のリビアにも増して国民を弾圧しているシリアに対し、同様の姿勢で臨まないのはなぜか。確かに「リビアへの攻撃は国連決議で認められ、アラブ連盟の賛同もあった」が、シリアの場合はそのどちらも得られていない。とはいうものの、キャメロンは不介入論に納得していないようだ。「シリアの体制を揺さぶる必要があるだろう。反体制派をもっと支援しなければならない」と強い口調で語る。

 国連決議を経ずに「有志連合」によってシリアを攻撃する可能性はあるのか。答えるキャメロンの声は驚くほど熱っぽい。「コソボ紛争が証明したように、虐殺を阻止し、倫理的にも国益保護という意味でも正しい行動を取ることが義務になる事態では、国連決議なしでも行動していい場合があるのではないか」

 つまり、国連のお墨付きが得られなくてもシリアへの武力行使に踏み切るべきだというのがキャメロンの考えらしい。

 一方、核兵器開発疑惑があるイランについての持論は、そこまでタカ派的ではない。イスラエルが単独で軍事攻撃に踏み切ることには反対で、「制裁と圧力の路線」を推し進める方針だ。ただしイランがあくまで核兵器保有に突き進むなら、「どの選択肢も排除しない」という。

 チャーチル以降のイギリスの首相は、けんかっ早い弟がのんきな兄をそそのかすように、アメリカの大統領に軍事行動を要求してきた。チャーチルはフランクリン・ルーズベルトに第二次大戦参戦を訴え、マーガレット・サッチャーは湾岸戦争で父ブッシュの尻をたたき、トニー・ブレアは十分好戦的だったジョージ・W・ブッシュを後押しした。今度はキャメロンがオバマをせき立てるつもりなのか。

 そうだとすれば、ヒラリー・クリントン米国務長官が強い味方になるかもしれない。

 2月下旬、ロンドンで開かれたソマリア問題に関する国際会議で、2人は顔を合わせた。93年に起きた「ブラックホーク・ダウン」の失態以来、アメリカはソマリア介入に極めて慎重になっている。キャメロンが言うように、内戦や飢饉に苦しむソマリアは「いくつかのピースを捨て去ったジグソーパスル」だ。その安定化には国際社会の力が欠かせないという点で、クリントンと意見が一致しているとキャメロンは考えている。

 リベラル保守派のキャメロンにとって、ソマリア介入は人道主義的行動であると同時に、自国の利益のためでもある。現状を放置すれば、ソマリアの国民が犠牲になるだけでなく、イスラム過激派の温床になるからだ。

 アメリカとの「特別な関係」を強化することに熱心なキャメロンだが、EUに対する態度は正反対と言っていい。昨年12月の財政規律強化合意に対する「拒否権発動」は、ほかの加盟国の指導者たちを驚愕させた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中