免疫が切り拓く「がん治療」最前線
理論上は癌の「予防」も可能
早期治療の先に、癌の「予防」という壮大な夢を描く研究者もいる。一説では、免疫細胞は一度覚えた「敵」の情報を忘れないとされる。「記憶」の永続期間については議論が分かれるところだが、健康なときに癌ワクチンを投与しておけば、将来癌を発症しても、免疫細胞がすぐに反応して癌を殺してくれるというシナリオも理論上は可能だ。
ワシントン大学のダイシスは、米政府から790万ドルの支援を受け、予防用ワクチンの開発に挑んでいる(普及している子宮頸癌の予防ワクチンは癌を引き起こすウイルスが標的で、癌に対する免疫治療とは異なる)。
さまざまな可能性を秘めた免疫治療に研究者や患者、製薬企業の期待も高まっている。アメリカの乳癌患者団体「乳癌と闘う全米連合」は、2020年1月1日までに乳癌を根絶するという大胆な目標を掲げるアルテミス・プロジェクトをスタート。一番の近道として、癌ワクチン研究への資金提供を表明した。
研究開発も急ピッチで進んでいる。FDAは10年、前立腺癌用のワクチン「プロベンジ」を認可(患者自身の抗原を教え込んだ免疫細胞を使う点で免疫細胞治療に近い)。昨年には転移性メラノーマ(悪性黒色腫)に効く「エルボイ」も認可された。エルボイは、免疫が本来の力を発揮できないよう邪魔する分子を抑え込むワクチン。「免疫系統にかけられたブレーキを解除することで、癌細胞を殺しやすくする」と、テキサス州立大学M・D・アンダーソン癌センターのパトリック・ホウは言う。
臨床試験中のものにも有望株は数多くある。米国立癌研究所(NCI)によれば、ほぼ完治が可能な精巣癌から、死に至るリスクが高い膵臓癌や脳腫瘍まで、癌の種類は実に150種類以上。臨床試験の対象となる癌には、従来の医学では手に負えない悪性腫瘍も含まれる。NCIのジェームズ・ガリー率いる研究チームは昨年、転移性の卵巣癌と乳癌に癌ワクチン「PANVAC」が一定の効果を示したと発表した。デューク大学では脳腫瘍摘出後の患者にワクチンを投与したところ、生存期間が約1年延びた。「ごく数人の特殊な事例ではない、多くの患者への効果が実証されつつある」と、ワシントン大学のダイシスも言う。
医療機関の見極めも大事
日本や海外の大学と医療機関に免疫細胞治療の先端技術を提供する日本のバイオベンチャー、メディネットによれば、日本でも最先端の免疫治療を受けられる環境が整いつつあるという。日本の場合、免疫治療は民間の専門医療機関と一部の大学病院で行われており、何らかの免疫治療を受ける患者は年間3万人と推定される。
もっとも医療機関の質はさまざまだ。治療成績や研究結果を公表しなかったり、患者の癌の特徴を入念に調べることなく治療法を決めてしまう例もある。医療費の自己負担も大きなハードルだ。免疫治療は健康保険の適用外で、大半の民間の癌保険でもカバーされない。そのため約3カ月で全6回という標準的なケースで、150万円程度の費用はすべて自己負担となる。