私が見たシリアの激戦区ホムスの現実
まるで銀行強盗のように
バスを降りた後、トイレに行きたいから少し待っていてくれと告げると、モハメドは血相を変えて「絶対に駄目だ」と言った。「ホテルまで、あと5分我慢しろ」
私たちは周囲の詮索するような視線を浴びながら、スポーツバッグを手に地面をじっと見詰め、まるで犯行を終えて逃げ出す銀行強盗のようにタクシーを探して歩き続けた。タクシーに乗ると、モハメドは移動中ずっと、アラビア語で運転手と話をしていた。どうやら暴力の悪化について話していたようだ。
市内では1人でタクシーに乗るな、とある人から事前に忠告を受けていた。運転手が当局と親しかったら、そのまま警察署に連れて行かれて国外追放される可能性がある。ただ追放されるだけでなく、拷問される可能性もある。
ジャーナリスト保護委員会(ニューヨーク)によれば、私がホムスを去った2日後に、市内の大通りでシリア人の報道カメラマンが遺体で発見された。遺体は両目をくり抜かれていたという。
到着したホテルのロビーで、私はモハメドに金を渡そうとした。遠回りをさせてしまったから自宅に帰る交通費として受け取ってほしいと言って、彼の手に紙幣を握らせようとした。でも彼は受け取らなかった。
いずれにせよ、自宅には戻らないことにしたと言う。家から電話がかかってきて、危険だから戻って来ないほうがいいと言われた、もっと安全な地域に住む姉妹のところに泊まることにしたと言っていた。
私たちは最後の抱擁を交わした。そしてモハメドは、彼と同じように親切なホテル支配人に私を託して、厳しく危険な世界へと戻っていった。
[2011年12月14日号掲載]