「臨床治験天国」インドの闇
ビル・ゲイツの資金援助を得た団体も
実際、倫理審査委員会が機能していないケースも多い。
昨年には、子宮頸癌の原因となる性感染症ヒトパピローマウイルス(HPV)の新ワクチンの臨床治験中に、少女7人が死亡。サマと別のNGOジャン・スワシヤ・アビヤンが実態調査を行った結果、深刻な倫理規定違反の証拠が見つかった。
本来臨床治験を行う際には、治験対象者かその親に試験の内容と目的を説明し、「インフォームド・コンセント」と呼ばれる同意書にサインをもらわなければならない。だが実際には「親と連絡がとれない」という口実で学校にサインをもらってもらうことも日常茶飯事だったという。
一方で、治験の目的自体を理解していなかった親もいる。「政府から与えられるワクチンだから、疑いもなく信用した。他の予防接種と同じように考えていた」と、ある母親は語っている。
ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団から資金提供を受けてこの治験を実施した、保険医療分野の援助団体PATHは、実施方法は間違っていなかったと主張する。「実施計画とインフォームド・コンセントの実施規定を決めるうえで、インドで2つ、アメリカで1つの倫理審査委員会の支持を受けた」と、代表のクリストファー・エリアスは声明で述べている。「実施上のすべての段階で、これらの規定が周知され、遵守されていたと自負している」
後にインド政府が行った調査では、7人の死亡は「ワクチンとはおそらく無関係」と結論付けられた。さらに、NGOの実態調査で指摘された事実をほぼ全面的に認めながらも、倫理規定違反は「小さな瑕疵」だとしている。これは臨床治験の医療倫理として最も大切なインフォームド・コンセントを軽視する態度だ。
一線を越えるグローバル製薬企業
一方、ムンバイを拠点とする「倫理と権利の研究センター」が行った調査では、グラクソ・スミスクラインやジョンソン・エンド・ジョンソン、アストラゼネカといった多国籍の巨大製薬会社が医療倫理の一線を越えているとの指摘があった。
ジャーナリストのサンディヤ・スリニバサンと研究者のサチン・ニカルゲが実施した同調査によれば、乳癌や急性そう病、統合失調症の治療薬の治験において、製薬会社はどんな治験であろうと飛びつくぐらいに治療を必要としている患者を治験に使ったという。精神疾患の患者の場合は、治験の意味を理解していたかどうかさえ怪しい。
アストラゼネカは彼らの質問に回答していないが、ジョンソン・エンド・ジョンソンはメールでこう回答した。「医師と研究者には、臨床治験を受ける患者に対して実施計画を説明し、どんな質問にも答えて、文書で同意を得るよう指示している。患者とその家族が同意する内容を理解できるよう、適切な注意をしている。われわれの治験は内外の検証に対してオープンで、適切な同意が得られない患者は治験対象にしていない」
グラクソ・スミスクラインも、「国際的な臨床治験の実施計画では、要件を満たした患者だけを対象に、各国の標準的な医療が提供されるよう規定されている」とメールで答えている。
しかし倫理と権利の研究センターの調査によれば、そう病や統合失調症の精神疾患患者は、新薬を与えられるチームと偽薬を与えられるチームに分けられた。おそらく従来の薬と新薬を比較するよりも、偽薬を使った方が結論が明確かつ迅速に出るからだろう。
アストラゼネカのある新薬の臨床試験では、偽薬を使われていた統合失調症の患者1人が自殺した。ただしアストラゼネカ側は「治療に関連した自殺ではない」としている。
「監督機関は眠っている、というのが教訓だ」とジェサニは言う。「彼らは何もしていない」