イギリス人、故郷へ帰る
陽光あふれる南ヨーロッパへと大挙して移住したイギリス人年金生活者の人生設計がポンド安でご破算に
はかない夢 スペインのコスタ・デル・ソルで過ごすはずだった第二の人生に陰りが
まだイギリスポンドが強かった頃、スペインのバレンシア州に住むイギリス人グレアム・ナイト(61)は、移住してくる同胞への対応に追われていた。
陽光降り注ぐ海沿いでの暮らしに憧れるイギリス人が、ポンド高に背中を押されて南欧を「侵略」していたからだ。あの頃は「イギリスが空っぽになるかと思った」くらいだと語るナイトは、今もここで暮らす1万3000人のイギリス人の世話をしている。
当時はロンドンの年金生活者でも、わずかな蓄えをやりくりすればスペインの海岸沿いに立つプール付きの別荘や南仏のブドウ園に囲まれた広い家屋を買うことができた。スペインだけでも80万のイギリス人が移り住み、その半数以上が50歳以上だった。
だがユーロに対してポンドが弱くなった今、夢破れたイギリス人年金生活者たちは母国の陰鬱な灰色の空の下に戻りつつある。1月に行われたある調査によれば、ユーロ圏に別荘を持つイギリス人の半数以上が年内の売却を検討しているという。
「彼らの帰国の世話で今は忙しいが、その後が怖い」と、フランスで引っ越し業を営むイギリス人マーク・ブレットは言う。以前はイギリス人の海外転出が盛んだったが、今週請け負ったのはイギリス人家族6組のフランスからの帰国だ。
「海外移住や海外不動産購入の黄金期は終わった」と言うのは、昨年「イギリス人のディアスポラ(離散)」に関する調査結果を発表したロンドンのシンクタンク、公共政策研究所のティム・フィンチだ。
ほんの3年前には、1ポンドは1.35ユーロ前後だった。99年のユーロ誕生当初と比べてそれほど低くない水準だ。このポンド高のおかげで、イギリス人は憧れのフランスやスペインで快適な生活をエンジョイできた。
住宅価格下落も追い打ち
ところがその後、ポンドは下落。09年の初めには1ポンド=1ユーロ近くまで値を下げた。若干持ち直して今年1月21日には1ポンド=1・18ユーロをつけたものの、こうした為替の変動はただでさえ不景気で動揺しがちなイギリス人の心を不安にさせた。
住宅ローンや移住先の住民税を支払うには、手持ちのポンドを現地通貨に交換しなければならない。ポンドが下がれば負担は増える。別荘の賃貸収入を当てにしていた多くのイギリス人も同様だ。不景気で海外旅行を控えるイギリス人が増え、借り手がつかなくなった。
しかし最大の被害者はポンドの預金金利で生活する人々だ。「本人のあずかり知らぬところで収入が15〜20%も目減りした」と語るのはティム・スミス。フランス南西部のリゾート地に住む為替トレーダーだ。近くにある中世都市エイメの住人のうち、6人に1人はイギリス人だという。