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暴動

ロシアで暴れ出したネオナチ・フーリガン

強権で秩序を維持してきた国で突如、極右フーリガンの人種差別的な暴力の連鎖に火がついた

2010年12月17日(金)16時43分
ミリアム・エルダー

ナチス前夜 強い民族主義を背景に暴徒化するフーリガン(12月11日、モスクワ) Denis Sinyakov-Reuters

 民族主義の極右による暴力がロシア全土を襲っている。この数週間でネオナチ集団率いるサッカーフーリガンが暴徒化する事件が続発。多くの負傷者を出し、少なくとも2人が死亡した。

 12月11日、首都モスクワのクレムリン宮殿の外にあるマネージ広場に5000人以上の男女が殺到し、ナチス式の敬礼をしたり人種差別的な言葉を叫んだ。彼らは中央アジアや、イスラム教徒が多く住むロシア南部のカフカス地方の出身者とみられる通行人に暴言を吐き襲撃。少なくとも20人が病院に運ばれ、男性1人が死亡したと伝えられる。

 数百人の警官でも暴力的な群衆を抑えることはできなかった。なす術もなく立ちつくす警官のそばで、カフカス地方出身の男性数名が激しく殴られている様子も見られた。

 実は、人権団体などは以前からロシアの極右がいつ爆発してもおかしくない緊張が続いていると警告していた。

 ロシア社会には今、かつてないほどの秩序が保たれている。先週起きた一連の暴動はそんな静けさをぶち壊すかのように発生した。極右のサッカーファンたちは11日にサンクトペテルブルグに、12日には南西部のロストフ・ナ・ドヌに集結し、人種差別的なスローガンを叫んだ。12日夜、モスクワではキルギスタン人の男性が刺殺された。

 警察は13日午後に厳戒態勢を敷き、マネージ広場と隣接するショッピングモール、さらに周辺の地下鉄の駅を封鎖した。暴動の再燃を警戒しての措置だ。

極右に肩入れする政府

 一連の暴動の契機となったのは、12月6日に人気サッカーチーム「スパルタク・モスクワ」のサポーターの青年が殺害された事件だ。彼はカフカス地方出身の数名とけんかになり、銃で頭を撃たれて死亡した。スパルタクはこれに抗議運動を呼びかけ、翌日には1000人以上が集結してモスクワ市内の大通りを封鎖する事態にまでなった。

 13日、スパルタクは公式サイトで、平和的な手段による抗議のみを支持すると発表。だが同時に、道路を封鎖した際の様子や、発煙筒を手に「ロシア人のためのロシア」などと叫びながら行進するデモのビデオをサイト内で流し続けた。

 11月中旬にサンクトペテルブルグでもサッカーファンと機動隊との衝突事件があったにも関わらず、そのすぐ後にモスクワでも暴力が発生したのは、政府が警戒を怠ったためだ。

「何が起きているのかを分かっている者はほとんどいなかった」と、少数派への暴力を監視するNGO(非政府組織)、SOVAセンターのガリナ・コジェフニコワ副代表は言う。「暴力の連鎖が始まってしまった今、政府もどうすればいいか分かっていない」

 ロシア政府は、極右の民族主義集団に対して長く寛容な態度をとっており、彼らが年次集会を行うのも許してきた。今年も例外ではなく、極右のネオナチ集団「スラビック・ユニオン」は昨年活動を禁止されたにも関わらず、5000人規模で集会を行なった。同集団はデモを許されたが、リベラルで野党よりの集団が政府に集会の許可を申請しても、決まって却下されている。

「政府の思想に近いかどうかではなく、政府に忠誠心があるかないかだ」と、コジェフニコワは言う。「政府に忠実な集団は、何でもやりたいことができる」

 特に金融危機後に失業率が急上昇してからは、政治家たちは折に触れて、移民労働者に対する人々の懸念を利用してきた。モスクワの新市長、セルゲイ・ソビャーニンは2カ月前に就任してから反移民政策を大々的に掲げ、雇用に関してはモスクワ市民が優先されるべきだと公言している。

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