地底700メートルの耐久作戦と後遺症
作業員には抗鬱剤も届けられる予定だ。チリのハイメ・マニャリク保健相はロイター通信に対し、作業員らは地上と連絡がついて大喜びした後、「ガタっと気分が落ち込む可能性が高い」と語っている。抗鬱剤を届けるのは、「彼らがこのまま高い士気を維持できるとは考えにくい」からだ。
これに対してバーニコスは、作業員らがケンカを始めたのでもない限り、地上の家族の精神面をケアするほうが重要だと言う。「ある意味で、地上の人々の言動や精神力のほうが(地下の作業員に)大きな影響を与える」
元どおりには戻れない
バーニコスは、救出まであと3カ月かかると地下の作業員に明確に告げることにも反対だった。「いつになるかはっきり分からないと言うのは嘘ではないし、希望を与えることになる」。人間は密室状態に置かれる期間を知ると、「途中で自制心を失うものだ。体を鍛えるのをやめ、ヒゲを剃るのをやめ、体を洗わなくなる」。そろそろ出られるという時期にならないと、身の回りのことに気を配らなくなるというのだ。
「もうすぐ出られるかもしれないと思えば、自分の体調や身だしなみにも注意するだろう」とバーニコスは指摘する。「そのほうが(救出された後に)元の生活に戻るのもずっと簡単だ。いくらかでも希望があれば、あるいは『まだ出られないのか』と怒ることでも、ただ待っているよりましだ。少なくとも活動的でいられる」
緊急避難所にはわずかな明かりがあるが、太陽の光は届かない。このため作業員たちはバイオリズムが崩れて、心拍や体温などに変調が出るだろうとバーニコスは予想する。ケガをすれば治るのに時間がかかり、病気にもかかりやすくなる。小さな穴を通して運ばれる食料や限られた運動では、こうした体調の乱れは直らないだろう。
また救出された作業員らは心に傷を負っているだろうと、バーニコスは言う。「あんなところに長く閉じ込められるのは、死にかけるようなものだ」と彼女は言う。「地上にいる者にとっても愛する人を失った気分だが、彼らも同じような反応を見せるだろう」
「作業員たちも(地下にいる間に)人生の一部を失ったのだ。専門家によれば、人間が愛する人を失った経験から立ち直るのにはだいたい1年半かかる。完全に立ち直るのには5年かかるという」
11月末に父親や息子、兄弟が戻ってきた後も、大変な日々が続くことを家族には知らせておくべきだ。「帰ってきても元どおりの日常が始まるわけではない」とバーニコスは言う。「彼らは変わっているだろう。世界に対する見方も、他人に対する見方も変わっているだろう。最終的にそれが新しい日常をつくる。以前と同じに戻ることはできない」
[2010年9月 8日号掲載]