最新記事

チリ落盤事故

地底700メートルの耐久作戦と後遺症

2010年10月12日(火)15時41分
ラビ・ソマイヤ

 作業員には抗鬱剤も届けられる予定だ。チリのハイメ・マニャリク保健相はロイター通信に対し、作業員らは地上と連絡がついて大喜びした後、「ガタっと気分が落ち込む可能性が高い」と語っている。抗鬱剤を届けるのは、「彼らがこのまま高い士気を維持できるとは考えにくい」からだ。

 これに対してバーニコスは、作業員らがケンカを始めたのでもない限り、地上の家族の精神面をケアするほうが重要だと言う。「ある意味で、地上の人々の言動や精神力のほうが(地下の作業員に)大きな影響を与える」

元どおりには戻れない

 バーニコスは、救出まであと3カ月かかると地下の作業員に明確に告げることにも反対だった。「いつになるかはっきり分からないと言うのは嘘ではないし、希望を与えることになる」。人間は密室状態に置かれる期間を知ると、「途中で自制心を失うものだ。体を鍛えるのをやめ、ヒゲを剃るのをやめ、体を洗わなくなる」。そろそろ出られるという時期にならないと、身の回りのことに気を配らなくなるというのだ。

「もうすぐ出られるかもしれないと思えば、自分の体調や身だしなみにも注意するだろう」とバーニコスは指摘する。「そのほうが(救出された後に)元の生活に戻るのもずっと簡単だ。いくらかでも希望があれば、あるいは『まだ出られないのか』と怒ることでも、ただ待っているよりましだ。少なくとも活動的でいられる」

 緊急避難所にはわずかな明かりがあるが、太陽の光は届かない。このため作業員たちはバイオリズムが崩れて、心拍や体温などに変調が出るだろうとバーニコスは予想する。ケガをすれば治るのに時間がかかり、病気にもかかりやすくなる。小さな穴を通して運ばれる食料や限られた運動では、こうした体調の乱れは直らないだろう。

 また救出された作業員らは心に傷を負っているだろうと、バーニコスは言う。「あんなところに長く閉じ込められるのは、死にかけるようなものだ」と彼女は言う。「地上にいる者にとっても愛する人を失った気分だが、彼らも同じような反応を見せるだろう」

 「作業員たちも(地下にいる間に)人生の一部を失ったのだ。専門家によれば、人間が愛する人を失った経験から立ち直るのにはだいたい1年半かかる。完全に立ち直るのには5年かかるという」

 11月末に父親や息子、兄弟が戻ってきた後も、大変な日々が続くことを家族には知らせておくべきだ。「帰ってきても元どおりの日常が始まるわけではない」とバーニコスは言う。「彼らは変わっているだろう。世界に対する見方も、他人に対する見方も変わっているだろう。最終的にそれが新しい日常をつくる。以前と同じに戻ることはできない」

[2010年9月 8日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは横ばい140円後半、米利下げにらみ

ビジネス

日経平均は続落、米ハイテク株安や円高で 主力株に売

ワールド

WTO事務局長、2期目続投意向 「やり残した仕事」

ビジネス

アングル:「先行指標」ラスベガス労働市場は堅調、F
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優雅でドラマチックな瞬間に注目
  • 2
    エリザベス女王とフィリップ殿下の銅像が完成...「誰だこれは」「撤去しろ」と批判殺到してしまう
  • 3
    地震の恩恵? 「地震が金塊を作っているかもしれない」との研究が話題に...その仕組みとは?
  • 4
    ウィリアムとヘンリーの間に「信頼はない」...近い将…
  • 5
    バルト三国で、急速に強まるロシアの「侵攻」への警…
  • 6
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 7
    原作の「改変」が見事に成功したドラマ『SHOGUN 将軍…
  • 8
    広報戦略ミス?...霞んでしまったメーガン妃とヘンリ…
  • 9
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座…
  • 10
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 3
    【クイズ】自殺率が最も高い国は?
  • 4
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 5
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 6
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優…
  • 7
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 8
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 9
    キャサリン妃、化学療法終了も「まだ完全復帰はない…
  • 10
    33店舗が閉店、100店舗を割るヨーカドーの真相...い…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すればいいのか?【最新研究】
  • 4
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 5
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 6
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 7
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 8
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 9
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 10
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中