世界に冠たる補助金経済の大きなツケ
国民懐柔のためガソリンから医療まで何でも安くしてきた補助金の削減は、アハマディネジャド政権の命取りになるかもしれない
補助金は命綱 政府にとっては経済制裁や民主化運動より値上げのほうが脅威?(写真は07年6月、ガソリンの値上げ前夜に給油に殺到した人々) Raheb Homavandi-Reuters
イランを崩壊させるのは、国際社会による経済制裁でもなければ、国内で盛り上がる反政府運動でもないのかもしれない。長年続いてきた政府による巨額の補助金を削減するというマフムード・アハマディネジャド大統領の計画こそ、イランを極限に追い込む切り札になりそうだ。
ガソリンや食品の価格を格安に抑えてきた補助金制度の見直しは、政府内はもちろん、イラン社会の至るところで数十年に渡って議論されてきたテーマだ。深刻な財政難と経済制裁が重なって、最近のイランには補助金をばらまく余裕はない。今年1月、議会はついに補助金の大幅削減に同意。今月下旬には新法が施行されるが、突然の劇的な補助金削減が激しいインフレと物価上昇、国民の不安を引き起こし、国内を不安定化させるのではないかという懸念が広がっている。
「補助金がなくなればデモが増え、内政課題も増えると思う」と、ジョージワシントン大学のホセイン・アスカリ教授(国際経済学)は言う。「検討不足の政策で、長期的には完全な失敗に終わるだろう」
イランの補助金は世界でも例がないほど巨額かつ広範囲に支給されており、長い間、貧困層や中流階層の経済的な命綱として機能してきた。だがGDP(国内総生産)の4分の1を占める約1000億ドルという額は、国家財政にとっては甚大な出費だ。ガソリンや天然ガスから電気、水、パン、米、食用油、牛乳、砂糖、郵便と交通サービス、医療まですべてが、補助金のおかげで格安になっている。ガソリンは1ガロン(約3.8リットル)わずか40セントだ。
貧困層へのセーフティネットがない
イランでは補助金削減は賢明な政策だという意見が主流だが、エコノミストらは補助金の恩恵を受けていた人々をせめて当面だけでも保護する仕組みを同時に導入すべきだと提言している。「その点について、イランは何もしていない」と、アスカリは言う。
テヘラン中部に住むあるタクシー運転手は多くの地元住民と同じく、大統領の補助金削減政策に猛烈に反発している。「政府は当然、補助金を続けるべきだ。イランは石油で潤っており、それを国民に返すべきだ」と、この運転手は言う(安全上の理由で匿名を希望)。
核開発疑惑をめぐってイランに厳しい経済制裁を課す国はますます増えている。昨年の大統領選での大規模な抗議デモをみれば、反政府運動が一触即発の状態にまで盛り上がっているのも明らかだ。内外にこうした課題をかかえるアハマディネジャド政権にとって、補助金削減は政治的に危険な試みだ。補助金削減の手法をめぐって議会と大統領の折り合いがつかず、最高指導者アリ・ハメネイ師が仲裁に乗り出したほどだ。
新法では、助成を受けているすべての物品について、2015年までに市場価格に移行するという。今年9月から来年3月までの第一期では、年額1000億ドルの補助金の2割に当たる200億ドルがカットされる。その200億ドルの半額が貧困家庭に現金給付され、30%は企業に貸し付けられ、残りの20%は社会的セーフティーネットの構築に充てられる。
だが、現金給付の具体的な方法は大統領の裁量に任されており、汚職の温床となりやすい。アナリストの間には、昨年の大統領選でアハマディネジャドを支持しなかった中間層に対して政府が嫌がらせをする余地がある、との指摘もある。
「アハマディネジャドに死を」
イランでは過去にも非常に小規模な補助金削減を試みたことがあり、2007年にはガソリン価格を25%値上げした。だが大規模な反政府デモが即座に広がり、20カ所近いガソリンスタンドが放火される事態に発展した。