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フィリピンバス乗っ取り事件が映すマニラの絶望
人質8人が死亡したこの事件は、フィリピンにとってもアキノ新大統領にとっても最悪のタイミング、最悪の場所で起きた
世界注視の中 警官隊がバスに突入し、犠牲者を出す模様も生中継された(8月23日、マニラ) Erik de Castro-Reuters
フィリピンのベニグノ三世・アキノ大統領にとって、8月23日のバスジャック事件はこれ以上ない最悪のタイミングと場所で起きた。
アキノは約2カ月前、マニラ・ルネタ公園の現場から数メートルしか離れていない場所に作られた舞台に立ち、第15代フィリピン大統領に就任。6月30日の就任演説で国民に、政府は人々に奉仕し、近いうちに変化をもたらすと誓ったばかり。国民を無視する政府は今日をもって終わった、彼はそう言った。
香港人観光客などを乗せたバスを乗っ取ったのは、ロランド・メンドーサ元警部(55)。立てこもり中に行われたインタビューで彼は、自分は警官であることが誇りなのに恐喝や麻薬取引の容疑で懲戒免職になり、恨みを持っていたと語った。
「彼は自分の主張を聞いてもらいたがっていた」と、メンドーサに投降を呼びかけたマニラ市のイスコ・モレノ副市長は言う。「彼は公平な扱いを受けていないと感じていた」
政府側は、警官への復職というメンドーサの要求を拒否。その上、警察の手で乱暴に引っ立てられてきた同じ警官の弟が「殺される」と訴えるにいたって、メンドーサはバスの中から発砲を開始。最後は警官隊が突入し、激しい銃撃戦の末、政府の発表によれば人質8人が死亡した。狙撃手に撃たれたと見られるメンドーサらしい遺体も見つかった。
アキノが犯人を強く非難できない国情
就任後間もない大統領にとって、今回の事件は大きな試練だった。事件後の記者会見でアキノは、メンドーサを強く非難することを控えたばかりか、彼が懲戒免職になった経緯に体制側の問題がなかったか調査すると約束した。立てこもりが12時間に及んだことにも言及し、「我々は彼が投降するまで待つつもりだった」と語った。会見中の彼の口調は厳しいというより、絶望しているかのようだった。
今回の立てこもり事件が起こる前から、フィリピン警察は激しい非難にさらされていた。警官が強盗犯に虐待を加える模様を撮影したビデオがテレビで放送されたのだ。警察署内の床に裸で転がされた男が、性器を縛った紐を警官らしき人物に引っ張られて苦しむ様子が映っていた。このサディスティックかつおぞましい映像で、もともと評判のよくない警察のイメージは地に堕ちた。
そしてバスジャック事件がテレビで生中継され始めると、事件を大きくしたメディアの責任を問う声も出始めた。放送開始から4時間後、著名なツアーガイドであるカルロス・セルドランはツイッターとフェースブックに、「ルネタ公園のくそったれな事件をツイッターの話題ランキングにランクインさせるな」と書き込んだ。「犯人は注目されたがってるんだ。その望みをかなえるな」
香港はフィリピンへの渡航自粛を勧告
その8時間後、セルドランの心配は現実のものとなり、ツイッターの話題リストのうち4つが立てこもり事件絡みのものになった。
セルドランなど多くのフィリピン人は、事件がフィリピンのイメージに与える影響を心配している。観光業はこの国の経済を支える大きな柱の1つだ。こんな時に対外イメージを心配するのは「国家が内出血している時にシャツについた血の染みを気にするようなものだ」と反発するツイートもあった。だがセルドランたちの心配は、決して的外れではない。
香港の公安省は事件のわずか数時間後、フィリピンには安全上「深刻な脅威」があるとして市民に「渡航自粛」を促した。アキノは、香港は用心しただけと言うが、そうだとしても痛手には違いない。
すべてをお得意のジョークで片付けようとするフィリピン人もいる。料理学校の生徒ジェームズ・アンドリアンは、「立てこもりは終わった。明日はミス・ユニバース・コンテストだ。おやすみ」とフェースブックに書き込んだ。この事件が本当に、それほど簡単に忘れられるものならどんなによかっただろう。
(GlobalPost.com特約)