第2のアルカイダ、脅威の頭脳と破壊力
カーネギー国際平和財団のスティーブン・タンケル客員研究員は2月、ラシュカレ・トイバに関する報告書を発表し、ペルシャ湾岸地域が資金調達や勧誘活動の拠点になっていると指摘した。ラシュカレ・トイバの「細胞組織はイギリス、ペルシャ湾岸全域、ネパール、バングラデシュ、おそらくアメリカとカナダにも存在する」と、リーデルは言う。
FBIのロバート・モラー長官は昨春、イギリスやフランスなどビザ(査証)免除プログラム対象国からラシュカレ・トイバ工作員がアメリカへ流れ込んでいるとの懸念を表明した。対象国の国籍や市民権の保有者は簡単な経歴チェックを受けるだけでアメリカへ入国できる。
米国籍を持つ者がラシュカレ・トイバを支援するケースもあり得る。03年、ワシントン郊外を拠点とする組織「バージニア聖戦ネットワーク」のメンバー11人がラシュカレ・トイバを支援したり訓練キャンプに参加しようとした容疑で逮捕された(後に全員が有罪判決を受けた)。彼らは組織のために暗視装置や防弾チョッキを調達。無人航空機を購入してパキスタンへ送ったこともあった。
ネットワークの国際化によってラシュカレ・トイバはアルカイダの「代替インフラに成長」していると、ブッシュ前米政権で国家安全保障会議のテロ対策チーム責任者を務めたフアン・ザラテは指摘する。ラシュカレ・トイバがアルカイダにテロリストを貸し出す可能性もあるという。
多くのアナリストが不安視するのはその点だ。ラシュカレ・トイバはハイテク利用にたけている。
ムンバイの同時多発テロは極めて緻密に計画されていた。犯人グループは公海上でインド籍の漁船を乗っ取り、GPS(衛星利用測位システム)装置を利用して操舵し、ゴムボートに乗り換えてムンバイに上陸。GPS装置を頼りに標的の建物へ赴き、指示役と携帯電話で連絡を取り続けた。
指示役のほうは自分の居場所が特定されないようインターネット電話を利用し、各国のテレビ局の中継映像を見ながら計画を指揮した。「これほど洗練されたテロを行う組織はない」と、英秘密情報部(SIS)の副長官を務めたナイジェル・インクスターは言う。
ラシュカレ・トイバを壊滅するのはアルカイダの場合より難しいだろう。国境地帯に潜むアルカイダの掃討に乗り気でないパキスタンは、国内の中心部を拠点とするラシュカレ・トイバの掃討には輪を掛けて消極的だ。
学校や移動診療所も運営
アルカイダと違って慈善部門を構えるラシュカレ・トイバはパンジャブ州とカシミール地方で学校や移動診療所を運営し、地元で高い支持を得ている。ラシュカレ・トイバを攻撃すれば深刻な社会不安、悪くすれば内戦を引き起こすことにもなりかねない。
09年5月にパキスタン北西部で行われたタリバン掃討作戦では、地元住民の退去に当たってラシュカレ・トイバの慈善部門が軍に協力した。パキスタン政府は「自らが生んだ怪物と薄氷の上でダンスを踊っている」と、ザラテは語る。多くの政府高官はラシュカレ・トイバが重荷になっていると気付いているが、政府が彼らと敵対する状況も避けたがっているという。
欧米をテロ攻撃しなくても、ラシュカレ・トイバは欧米に深刻な打撃を与えかねない。パキスタンの組織が再びインドでテロを起こせば、インド政府は武力攻撃に踏み切るだろう。共に事実上の核保有国であるインドとパキスタンが衝突すれば、対処不可能な事態に発展する可能性がある。
限定的な武力衝突が勃発するだけでも、アフガニスタンでの米軍の活動は大変なダメージを受けるかもしれない。アフガニスタン駐留NATO(北大西洋条約機構)軍へ送られる物資の8割はパキスタンの港町カラチ経由で運ばれている。インドとの戦いが始まれば、パキスタンのタリバン掃討作戦にも支障が出るだろう。
この問題をどう解決すべきか。第1に、アメリカやその同盟国はパキスタン国外のラシュカレ・トイバ系組織の追跡や解体にもっと積極的な態度で臨まなければならない。第2に、カシミール紛争の解決を含め、印パ間の和平推進を可能な限り支援するべきだ。
インド、パキスタン両国政府は2月下旬、ムンバイのテロ事件以来初めて和平交渉を再開した。インドの脅威が低下したと判断できなければ、パキスタン政府はラシュカレ・トイバの掃討に乗り気にならないだろう。
欧米の情報機関は今もラシュカレ・トイバ対策に十分な資金や人材を割いていないと、一部のアナリストは懸念する。ラシュカレ・トイバの名前が次にメディアをにぎわせるときには、ムンバイではなくマンハッタンやマイアミでテロが起きているかもしれない。
[2010年3月31日号掲載]