満たされたドイツの現状維持症候群
金融危機も無難に乗り切った優等生だが、ギリシャ支援など大国の役割には消極的。豊か過ぎる内向き国家とドイツ頼みのEUに未来はあるか
欧州の新リーダー? ギリシャ危機で無力さを露呈したEUに代わり指導力を期待されるメルケルだが、国内の抵抗は半端じゃない Tobias Schwarz-Reuters
債務にあえぐヨーロッパの国々をのみ込みつつある危機が、EU(欧州連合)内の深い亀裂をあらわにしている。特に欧州単一通貨ユーロ圏16カ国の間の溝は深刻だ。
ギリシャが債務不履行に陥るのではないかという不安は、3月に入りスペインに飛び火し始めた。ギリシャよりはるかに大規模なスペイン経済は、20%に達する失業率、長引く不況、GDP(国内総生産)の約12%に達する財政赤字という悪循環に陥っている。
ポルトガル、アイルランド、イタリアも似たような状況だ。フランスやドイツなどEUの裕福な国々は、苦しむ隣人たちに直接の金融支援をするつもりがない。
先行きが見えず、財政危機がさらに広まるのではないかという不安から、ユーロはわずか3カ月の間に対ドルで10%値を下げている。アメリカの増大する財政赤字を考えれば、ドル自体が安定しているとはとても言えないのだが。
最終的にはEUの安定そのものを揺るがしかねず、本物のリーダーシップが切に求められている。EU官僚は役に立たない。「EU憲法」のリスボン条約が09年12月にようやく発効して新しい体制が誕生したが、まだ新しい理念と方向性を示せずにいる。
代わりにジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長と初代EU大統領(欧州理事会常任議長)ヘルマン・ヴァンロンプイの間で新しい縄張り争いが生まれ、ヨーロッパのリーダーシップの空白を長引かせている。その役割をこなせるのは、国際的な合意を形成する能力のある強力な国家指導者しかいないことは明白だ。
この危機的状況に注目を一身に集めているのが、アンゲラ・メルケル独首相。メルケルの評価が高まっているのはヨーロッパ最大の経済国を率いているからだけでなく、昨今の景気後退も(今のところ)雇用を大幅に減らすことなく耐えて、西側の主要国で財政赤字が最も少ないからでもある。
「変化と改革の回避」が公約
冷静で現実的なメルケルは、対立関係をさばいて合意を打ち出す才能を実証してきた。現時点で彼女にかなう指導者はいない。ニコラ・サルコジ仏大統領は予測不可能で落ち着きがない。ゴードン・ブラウン英首相は事実上の「死に体」で、スペインのホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ首相は自国の危機でそれどころではない。
最も重要なのは、ドイツ経済がEU域内の貿易とユーロの恩恵をどこよりも受けていることだ。EU経済が無傷のまま安定と繁栄を持続することは、ドイツにとって重大な国益に関わる。
問題は、メルケルにもドイツにも、先頭に立とうという機運がほとんどないことだ。東西統一から20年、ドイツは満たされた内向き思考の大国となり、現状維持を何よりも大切にするようになった。
メルケルは継続を約束することで第二次大戦以降のドイツで最も人気のある指導者となり、変化と改革の回避を公約して09年の総選挙で再び勝利した。しかしドイツの現状維持を脅かす問題は増えており、ギリシャの危機もその1つにすぎない。どれだけ外向きの積極的な対応が緊急に求められても、実験的な試みはしないことをドイツは信条にしてきた。
一見すると、メルケルが深入りしようとしないのも無理はない。これまでEUがドイツに指導力を求めるときは決まって、ドイツに金を払わせるためだった。実際、ヘルムート・コール元首相はそのビジョンと小切手でヨーロッパの統一を後押しした。
しかしメルケルの世代の指導者にとって、ヨーロッパの統一はもはや戦争と平和の問題ではなく、20世紀の戦争の歴史から生まれた倫理的義務でもない。