最新記事

社会

「モデル国家」スイスの終焉

難民も秘密資金もオープンに受け入れ、冷戦終結のきっかけを提供した中立国──そんなスイスのイメージが急落している

2010年4月7日(水)14時58分
デニス・マクシェーン(イギリス労働党下院議員、元欧州担当相)

神話崩壊 スイスの誇りだった秘密厳守の名門銀行も今は昔(写真は08年10月、チューリヒのプラーデ広場で銀行幹部の高額報酬に抗議する人々) Arnd Wiegmann-Reuters

「500年間の民主主義と平和は何を生み出した?鳩時計さ」。映画『第三の男』で、オーソン・ウェルズはそう言ってスイスを嘲笑する。

 もちろん実際は違う。20世紀のスイスは熟練した労働力と充実した道路・鉄道網を擁し、極めて効率的な経済と社会を築いていた。

 同時にこのアルプスの小国は、もっと深遠な価値観を象徴していた。スイスではさまざまな民族と言語と宗教、農民と銀行家と技術者が独自の形で融合し、ほかの国なら分裂につながる要素を比較的うまく調和させていた。

 世界経済フォーラムの年次総会がダボスで開催されるのは偶然ではない。スイスは長い間、グローバル化の推進派にとってモデル国家の役割を果たしてきた。

 スイスという国は、経済面では規制を撤廃して税金を低く抑える一方、政治面では法の統治に基づく活力ある民主主義を実現しているように見えた。1917年のロシア革命と33年のナチス・ドイツ政権成立の後、スイスは共産主義やナチズムから逃れてくる人々を真っ先に受け入れた。この寛容さ故にジュネーブは代表的な国際都市となり、国際連盟や国際赤十字、後には国連の主要機関がこぞって本部を置いた。

 第二次大戦中のスイスは自由のとりでだった。ウィンストン・チャーチルは大戦終結後の46年にチューリヒで演説を行い、ヨーロッパの統合を訴えた。50~60年代には、スイスはいくつもの平和条約の調印場所となった。

 スイスは冷戦ともEU(欧州連合)の欠点とも無縁の中立国として自らを売り込んだ。ロナルド・レーガンとミハイル・ゴルバチョフが85年にジュネーブで行った米ソ首脳会談は冷戦終結のきっかけとなった。スイスは世界が解決策を探しに来る場所だった。

 しかし今では、スイスの都市はどこも薄汚れ、列車は遅れ、幹線道路はいつも工事中だ。政治家は偏狭な言動が目立つ。かつて自由のとりでだった国で、大衆を扇動する排外主義勢力が(飛び切りの大金持ちを除く)よそ者を締め出す運動を繰り広げている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国CPI、2月は0.7%下落 昨年1月以来のマイ

ワールド

米下院共和党がつなぎ予算案発表 11日採決へ

ビジネス

米FRBは金利政策に慎重であるべき=デイリーSF連

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 7
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 8
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 9
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 5
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中