最新記事

米ロ関係

ロシアが企てた対米「経済戦争」

ポールソン前米財務長官の回顧録で暴露されたロシアの陰謀に見る米ロ関係の教訓

2010年2月2日(火)17時00分
ダニエル・ドレズナー(米タフツ大学国際政治学教授)

不穏な画策 プーチン首相(左)とメドベージェフ大統領はアメリカを経済分野で攻撃しようとした?(09年11月) RIA Novosti-Reuters

 2月1日に出版されたアメリカのヘンリー・ポールソン前財務長官の回顧録『オン・ザ・ブリンク(瀬戸際)』。ポールソンによると、ロシアは08年夏、連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)に対する債権の売却計画を中国にもちかけたという。この話に、ブルームバーグフィナンシャル・タイムズも飛びついた。フィナンシャルタイムズの記事では:


08年、ロシアは中国に対し、米政府を大手政府系住宅金融機関(GSE)の救済に追い込むために、両国が所有するファニーメイとフレディマックの債券の大量売却を提案した、とポールソンは主張した......。

ポールソンは、08年8月の北京五輪開催中に中国を訪問したときにロシアの企てについて聞かされたという。ロシアは8月8日にアメリカの同盟国であるグルジアと戦争に突入した。

「ロシア当局者は中国高官と接触し、アメリカの政府系企業の持ち株を大量に売却し、米政府を両企業の救済に追い込もうとした」と、ポールソンは言う。

ファニーメイとフレディマックはGSEまたは政府系企業として知られている。

「中国はその破壊的な陰謀に関わるのを拒否したが、その報告は相当厄介なものだった」と、ポールソンは言う。ロシアの高官は、フィナンシャル・タイムズの取材に対して、その疑惑についてはコメントできない、とした。


 ロシア政府は、ブルームバーグの記事でこの疑惑を否定したが、オックスフォード大学のアシュビー・モンク研究員は、ロシアによる関与の可能性を指摘する。


ポールソンの報告はかなり驚きだ。本当なら、ロシアは08年の夏にアメリカに対して「経済戦争」を仕掛けてきていたことになるだろう。これを「経済戦争」以外に何と呼べばいいのか。ロシアの目的は、国家の財産を使って意図的にアメリカ経済を弱体化させて破壊することだった。同時期にロシアがグルジアに戦争を仕掛けていたことを考えると、この話には信憑性がある。

裏づけはないが、今回の暴露は欧米にとっては愉快だとはいえない。政府系ファンドが経済にとって破壊的な武器として見られるなら、どうしようもない。


 面白半分の部分もあるが、仮にロシアがそう画策したとしよう。

 ロシアの動機は地政学的なものだと、モンクは主張する。だが記憶が正しければ、中ロの両政府は、所有する米政府系企業の債券の価値をどう守るかを懸念していた。米政府を介入に追い込めば、ロシアと中国が所有する残りの債券の価値を守ることになる。ゆえに、これはすべて商業的な思惑かもしれない。

 第2に、本来、これは政府系ファンドの問題ではなく、外国政府がアメリカの債券や株式を保有することの是非についての問題だ。これを問題と見る人もいれば、そう思わない人もいる。その視点にも言及すべきだろう。

 第3に、ロシアが中国の加担を見込んでいたこと自体、グルジア紛争中にロシアの指導者らが妄想を抱いていたことを示している。ロシアは、中国や上海協力機構の加盟国、また他の集合的安全保障条約機構の構成国が、アブハジアと南オセチアの2地域の分離独立をロシアが認めることに全く異存がないと信じていた。アメリカを侮辱することで賛同が得られると思ったのかもしれないが、大きな間違いだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国防長官候補巡る警察報告書を公表、17年の性的暴

ビジネス

10月の全国消費者物価、電気補助金などで2カ月連続

ワールド

サハリン2はエネルギー安保上重要、供給確保支障ない

ワールド

シンガポールGDP、第3四半期は前年比5.4%増に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中