最新記事

宇宙開発

無限の闇にロマンを求めて

21世紀の「大きな飛翔」には科学・文化の融合と冒険への憧憬が欠かせない

2009年12月25日(金)11時30分
ジェレミー・マッカーター

 バラク・オバマ大統領が、アメリカの宇宙計画の未来について提言をまとめるよう有識者に求めたのは約半年前のこと。それを受けて10月下旬に米有人宇宙飛行計画審査委員会が発表した最終報告書に、『スター・トレック』ファンのオバマは胸を躍らせたことだろう。月に基地を建設し、火星の衛星を目指すというのだから。

 ところが落とし穴が1つある。NASA(米航空宇宙局)には計画を進めるだけの財源がないのだ。刺激的な提言はさておき、予算面に配慮したことで報告書はかなり興ざめなものになってしまった。

 アメリカの宇宙探索の将来は、逼迫する国庫から今後も資金を捻出できるかどうかに懸かっているようだ。同じ問題に直面したジョン・F・ケネディ大統領は冷戦の恐怖と国の威信、そしてニューフロンティア政策の精神をうまく織り交ぜてアメリカ人を月へ送り込もうとした。

 しかし、オバマがケネディの主張を蒸し返すわけにはいかないし、NASAが再び連邦予算の5%近くを獲得することも期待できない。当時のソ連の脅威に代わるものもなければ、ケネディ暗殺のような発奮材料もないのが現状だ。

「月に行くのは1つの国家だ」

 オバマに必要なのはアメリカ人の想像力をかき立て、宇宙での発見をめぐる新鮮なビジョンを打ち出して世間を魅了すること。孤軍奮闘する必要はない。ケネディは月への有人飛行に向けたアポロ計画を提唱し、こう語った。「究極的に、月へ行くのは1人の人間ではない......1つの国家だ。われわれ全員が努力する必要がある」

 ここで大事な役割を担うのが、想像力を駆使するビジネスに携わる人たち。つまり作家や映画製作者などのアーティストだ。予算拡大のためのプロパガンダという意味ではない。宇宙をテーマにした傑作を生み出せば、世間の目はおのずと再び天を仰ぐ。

 宇宙飛行士アラン・シェパードがアメリカ初の有人宇宙飛行に成功した1961年よりずっと前から、この国の宇宙開発は芸術文化に育まれてきた。アポロ計画の歴史を振り返る著書『ロケット・メン(Rocket Men)』でクレイグ・ネルソンが指摘するように、フィクションは20世紀の科学者のイマジネーションを刺激してきた。

「科学技術を切り開く原動力として小説家の功績が認められることはめったにないが」と、ネルソンは現代SFの開祖と呼ばれるフランス人作家ジュール・ベルヌの作品について書いている。「ロケット開発の先駆者3人は全員、『月世界旅行』を読み、それによって人生の航路を変えられた」

求む、SF作品の傑作!

 芸術や文化の担い手は、想像を超えたはるかかなたの宇宙を身近で分かりやすいものにする。占星術をもたらした古代の神話作者や「きらきら星」を子守歌にする現代の子供たち──文化は宇宙の闇にそれぞれの時代を投影してきた。

 アポロ計画の試験飛行が佳境を迎えた66〜69年に『スター・トレック』の最初のシリーズが放映され、NASAと互いに開拓者精神を刺激し合うことになったのは偶然ではない。この記事を書いている私も、読んでいるあなたも、多感な時期に数え切れないほど何度も『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』を見て決定的な影響を受けたはずだ。

 だが、最近はどうだろう。21世紀に入ってからはお粗末そのものだ。2008年制作のテレビドラマ『ムーン・パニック』は下手な演技とありきたりなプロットを、月を真っ二つに割るという無意味な暴力で締めくくった。J・J・エイブラムズ監督の映画版『スター・トレック』は娯楽大作としてはまずますだったが、オリジナル版にあった驚異の念や同志の絆といった独特のオーラが派手な戦闘シーンに埋もれてしまった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中