アメリカが育てた蛇頭の密航ビジネス
蛇頭をはじめとする中国からアメリカへの密航あっせんの実態を描いた新著からは、90年代のアメリカの移民政策の失敗が非合法ビジネス台頭の原因として浮かび上がる
人も市場任せ 254人の密航者を乗せた船から積荷を降ろす米沿岸警備隊(09年7月) Reuters
この10年、押し寄せるメキシコ人移民に悩まされてきたアメリカ。移民政策の改善が強く求められているが、改革は一向に進まない。そんななか、政治家や活動家から密入国者まで、この問題にかかわるすべての人にパトリック・ラーデン・キーフの新著をお勧めしたい。
『ザ・スネイクヘッド:チャイナタウンの地下世界とアメリカンドリームの叙事詩』は、緻密な取材と鮮やかな語り口で書かれている。グローバル化が猛烈に進む一方で、アメリカ政府の移民政策がいかに迷走してきたかを克明に描いている。
アメリカは移民の国だ。命を捨てる覚悟で(実際その通りになる者もいる)数百万人もの人たちが毎年この国を目指している。しかし、移民に対する効果的で人道的な対策は、ジョージ・W・ブッシュ政権より以前の時代から欠如していた。
『ザ・スネイクヘッド』は、密航あっせん者を扱う物語としては最高の作品だ。中国の密航あっせん組織「蛇頭」の幹部シスター・ピンに関しては特にそうだ。ピンは、中国福建省からアメリカへの密航あっせんという複雑なビジネスを行うため、地下銀行を設立して膨大な富を築いた。
ピンは米中両国に現金を溜め込んで融資を行い、違法な金融取引をニューヨークのチャイナタウンから指揮した。数え切れないほどの密入国もあっせんした。その多くが、辛うじて航海できるかどうかのオンボロ船によるものだったが、それによって世界中で200億ドル規模の密航ビジネスを成し遂げた。
マフィアというより多国籍企業
一言で言うと、ピンは悪党だ。彼女は事業拡大のためチャイナタウンで冷酷な凶悪犯たちと手を組み、時に40万ドルの現金が詰まったスーツケースを手に取引を行った。1隻の密航船が沈没してグアテマラ沖で14人の遺体が発見された事件の際は、マフィアの闇の掟にのっとり、埋葬費用を負担した。
だが、この地下組織を動かしたのはマフィアの流儀だけではなかったと、キーフは指摘する。「ある意味で、シスター・ピンの組織はマフィアというより、ビジネスを行うのに最適な経済と規制環境を探す多国籍企業のようなものだ」。こうした環境は、冷戦終結に伴う世界的な混乱のなかで生まれた。
さらにこの作品は、失政の物語でもある。読者は、父ジョージ・ブッシュやビル・クリントン元大統領らが、少なくとも密入国という問題についてはグローバル化にうまく対応できなかったことを知らされる。
90年代前半、外国からの送金によって福建省への直接投資は3億7900万ドルから41億ドルに膨れ上がった。この衝撃的な数字は、ピンのビジネスが成功していたことを示している。
その一方で、「密航あっせんに対する刑罰は手ぬるかった」と、キーフは書く。天安門事件後、ブッシュはアメリカを目指すほとんどの中国人に門戸を開く政策を採った。ある調査によると、蛇頭のビジネス規模は90年代初頭に年間32億ドルまで成長したという。
クリントン政権は米国移民帰化局(IRS)の予算を倍増させ、96年の移民改革法案を承認した。しかし、手遅れだった。その時までに、アメリカは移民にまつわる多くの問題をかかえてしまっていた。亡命者の収容所が満杯になった一方で、ピンのような蛇頭がビジネスを成長させていた。
キーフは「IRSは緊張感がなく、資金不足で融通か利かず、奴隷制のような階級組織だった。蛇頭とは正反対だ」と書く。「世界的な人間の流れと懸命にかかわろうとする、国内向けの取締機関にすぎなかった」。グローバル化の陰の部分に、アメリカは気づくことができなかった。