ハン・ガンのノーベル文学賞受賞はなぜ革新的なのか?...精密な文章で綴る「声の不在」
Han Kang: innovative South Korean author wins the 2024 Nobel prize for literature
2024年のノーベル文学賞を受賞した韓国の作家ハン・ガン MAGALI COHENーHANS LUCASーREUTERS
<117年間の文学賞の歴史の中で18人目の女性受賞者となった韓江(ハン・ガン)。まさに受賞にふさわしい作家である理由について>
詩人が書く小説は、しばしば鮮烈で軽快な散文となる。韓国の作家韓江(ハン・ガン)の『菜食主義者』(邦訳・クオン)はまさにその典型だ。
2024年のノーベル文学賞を彼女に授与するという決定に、本作が大きな影響を与えているのは間違いない。その「詩的で実験的なスタイル」が、ガンを「現代散文における革新者」たらしめていることを、スウェーデン・アカデミーは授賞理由に挙げている。
1970年生まれのガンは、ノーベル文学賞を受賞した初の韓国人作家であるとともに、117年間の文学賞の歴史の中で18人目の女性受賞者となった。
『菜食主義者』は16年にイギリスの国際ブッカー賞を受賞。23年には長編小説『別れを告げない』(邦訳・白水社)がフランスのメディシス賞(外国作品部門)を受賞するなど、世界の権威ある文学賞を多数受賞している。
ガンの作品で最も読まれているのが『菜食主義者』だ。英訳は15年にイギリスで、16年にアメリカで出版されたが、当時、特にイギリスでベジタリアンや菜食主義に傾倒する人が急増した時期と重なったたことも時宜を得た。
この小説は菜食主義を推奨するものではなく、肉食者ばかりの環境でベジタリアンになることがどのように影響するかを考察するものだ。
主人公のヨンへはある日を境に肉を食べなくなる。そんな彼女に夫が示す嫌悪感、彼女を性的対象として求める姉の夫の執拗さ、豚肉を強引に食べさせようとする父親の暴力に対し、ヨンヘが身体の主体性を維持しようと奮闘する様がつづられている。
『菜食主義者』はベジタリアンを反資本主義的でエコフェミニズム的な反乱として描いており、女性の身体に対する家父長的な支配への深い洞察となっている。
3部構成となっている本作はそれぞれの部で語り手が切り替わる。ヨンヘは決して語り手とはならない。この「声の不在」こそが、今回の受賞につながったのだろう。「肉体と精神のつながりに対する独自の認識」を持ち、「目に見えない規範」や「人間の生命のはかなさ」を伝えようとするガンの姿勢が評価されたのだ。
ガンが書く詩や短編も、小説と同様に革新的で重要であるが、あまり知られておらず、テーマも曖昧だ。
『別れを告げない』の英訳版は来年初めに刊行される。本作も、少なくとも題材においては、『菜食主義者』よりも曖昧で複雑な作品といえるだろう。
けがで入院したインソンと、彼女のペットの鳥の世話をするために済州島のインソンの実家を訪ねる作家キョンハの物語である。大雪で家に閉じ込められたキョンハは、済州島4.3事件(1948〜54年、朝鮮半島の分断に反対し武装放棄した島民が、軍や警察に虐殺された)の歴史に触れていく──。
"I'm so surprised and honoured."
— The Nobel Prize (@NobelPrize) October 10, 2024
2024 literature laureate Han Kang had just finished dinner with her son at her home in Seoul when she received the news of her #NobelPrize. We spoke to her - moments after she found out about the prize - about growing up with books, being the... pic.twitter.com/lZwdBgRwI8
ガンの受賞は幅広い称賛を集めている。ノーベル文学賞は時に物議を醸す。ネットでは受賞者の妥当性が議論され、政治的な選考が非難されることもある。23年にノルウェーのヨン・フォッセが受賞した際は知名度が低すぎるとの声が上がり、16年にボブ・ディランが受賞した時には有名すぎるとの嘆きが聞かれた。
韓国の歴史や場所を世界の読者に伝えるガンの作品は、その地域性と精密な文章によって、革新的で心を捉えるものとなっている。まさに受賞にふさわしい作家だ。
Jenni Ramone, Associate Professor of Postcolonial and Global Literatures, Nottingham Trent University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.