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「ノーベル文学賞らしい要素」ゼロ...「短編小説の女王」アリス・マンローは「大人のための文学作品」を書き続けた

The Master

2024年06月14日(金)15時00分
ローラ・ミラー(コラムニスト)
アリス・マンロー

マンローの短編小説はある程度の年齢を重ねて初めて完全に理解できる AP/AFLO

<1人の人間の人生の選択を短編に凝縮する能力を持ち、そのために長編を書く必要がなかった作家アリス・マンローの作品と人生について>

イラクサ』『小説のように』(邦訳はいずれも新潮社)などの短編集で高い評価を得ているカナダの作家で「現代短編小説の巨匠」アリス・マンローが5月13日に死去した。92歳だった。

マンローが2013年にノーベル文学賞を受賞したとき、選考したスウェーデン・アカデミーも落ちぶれたものだと揶揄する声もあった。「ニューヨーカー誌に載るような短編」にお墨付きを与えたことが気に食わなかったようだ。

しかし、この授賞は作家本人以上にスウェーデン・アカデミーの評価を高めた。

マンローの作品には、政治的な批評性や斬新な表現形式、明白な野心など、一般にノーベル文学賞らしいとされる要素がほとんどない。

それでも、同じジャンルの中では飛び抜けて最良の作家だった。普段はこのジャンルの作品を好まない読者も、マンローだけは例外だと評価するだろう。

マンローは、1人の人間の人生のエッセンスを十数ページの文章に凝縮する能力を持っており、そのために長編小説を書く必要を全く感じなかった数少ない短編作家の1人だ。ごく普通の人の表面を覆っている殻にひびを入れ、その内側にある光り輝くものを見せることにたけていた。

描かれるのは主として、カナダのオンタリオ州の田舎町もしくはバンクーバー郊外の住宅地で生きる女性たちだ。

彼女たちは、それまでの人生で追いかけなかった可能性の数々を亡霊のように引きずって生きている。理想的に見える結婚生活も一皮めくれば、否定された熱情と、ほかにあり得たかもしれない運命が潜んでいるのだ。

あらゆる人の人生は、それまでの数々の選択の産物だ。そして、ある選択をするということは、ほかの選択肢を捨てることを意味する。これらのことはたいてい、ある程度の年齢を重ねて初めて完全に理解できる。その意味でマンローの短編小説は大人のための文学作品と言える。

女性たちの人生を描いて

1930年代初頭の大恐慌の時代に生まれ、大学を中退して最初の夫と結婚した若き日のマンローは、もっぱら家庭の中で生きる人生を受け入れることを期待されていた世代の女性だ。

マンロー自身もある意味ではそうした日々を生きていた。3人の娘たちが学校に行った後や夜眠った後に、キッチンのテーブルで小説を執筆し、そのような女性の人生を偉大な文学に転換させた。

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