2つのドラマでも真実に迫れない、「キャンディ・モンゴメリー事件」の怪
Two Types of Candy
メラニー・リンスキーが見事に演じたベティは、分厚い前髪の奥で哀れに見えたかと思えば、恐ろしさを放つ。どちらの女性もどこかモンスターのようだが、わざとらしさはない。
『ラブ&デス』のキャンディは、ベティの死を招いた不倫を始めたのは自分だと語って自分を責めるが、誰も同意しない。裁判所の外では憎悪に満ちた人々が「罪人!」と書かれたプラカードを振り回しているが、本当に悪いのは家父長制社会なのだから──。
もっとも、この手の短絡的なフェミニズムは、キャンディの事件には当てはまらない。キャンディとアランの関係にも、これほど陰惨な殺人につながるような情熱はなかった。
裁判でキャンディは、ベティが最初に攻撃してきたと証言した。ベティは自暴自棄になると暴言を吐くことも多かったから、それなりに信憑性はある。
ただし、2人の「けんか」を終わらせた暴力の噴出はとうてい理解できず、いかなる合理的説明もはねつける。キャンディはおのを41回振り下ろしてベティを殺したが、陪審員は殺そうと思って殺したとは考えられないと判断し、無罪という結論に至った。
『キャンディ』のキャンディ・モンゴメリーはさまざまな顔を見せる。暗くよどんだ世界をさまよいながら、自分は精神的に不安定ではないと言い聞かせようとしている。
キャンディはどこにでもいる普通の女性ではない。動機は何であれ、おので他の女性を殺す女性はまずいない。
このストーリーが人々を夢中にさせるのは、決定的な解釈を寄せ付けないからだ。キャンディとベティの間に本当は何があったのか、私たちは永遠に議論できる。もっとも、答えがないとはいえ、ドラマとしては真実味のある人物像が不要というわけではない。