アメリカを虜にする歌手「ミツキ・ミヤワキ」、その「曖昧」な世界観という魅力
The Ambiguous Mitski
別の道へ 引退もほのめかしたミツキは新たな表現手法を模索している EBRU YILDIZ-SLATE
<活動を休止していたミツキが3年半ぶりに新作『ローレル・ヒル』を発表。葛藤と変化の兆しを見せる歌の意味>
人目にさらされつつも冷静な自分を保つ---ミュージシャンとしてのキャリアの初めから、米歌手ミツキ(フルネームはミツキ・ミヤワキ)はそんなジレンマと闘ってきた。
フィオナ・アップル風のデビューアルバム『ラッシュ』を制作したのは、ニューヨーク州立大学パーチェス校で音楽を学んでいた2012年。1曲目は「そう、私は美しい」という歌詞で幕を開け、直後に「その美しさをどうしろと?」と問い掛ける。
ミツキの姿と歌声があちこちに登場するようになるなか、葛藤は募っていった。
16年には、第4作『ピュバティ2』を発表。ヒットシングル「ユア・ベスト・アメリカンガール」は、失恋ソングという本人の主張にもかかわらず、白人のアメリカ人外交官の父親と日本人の母親を持ち、世界各地を転々として育った自身の経験を踏まえた人種問題へのプロテストソングだとしばしば解釈された。
5作目の『ビー・ザ・カウボーイ』は、音楽サイトのピッチフォークが18年の最優秀アルバムに選出した傑作だ。勇ましいタイトルが説く「自信」という仮面を(ふりが本物になることを願いながら)まとって、あらゆる音楽スタイルを網羅していく。
きしむような低音から跳躍するうなり声まで、幅があるミツキの歌声の本質は距離感だ。そこには、自分をさらけ出している最中も、自分を意識せずにいられないアーティストの姿がある。
活動を再開する気はなかった
当初はソーシャルメディアでウイットに富んだ発言をしていたが、それも過去のこと。自分の投稿が時に集める過剰なまでの注目に戸惑い、追い詰められたと感じると、たびたび語ってきた。
「自分が感情のブラックホールと化したようだった。愛されたい気持ちや憎しみ、怒り、全て投げ込める肥だめにされた気分」。最新作『ローレル・ヘル』をリリースした2月初旬、ミツキは英紙ガーディアンでそう語っている。
19年には、数カ月にわたるツアーを終え、活動休止を発表。その後、活動を再開する気はないと認めた。所属レーベルとの契約義務があると気付いていなかったら、新たにアルバムを出すことはなかったのではないか。
最新作を聴いても、問いの答えは出ない。ミツキの場合はよくあることだが、全11曲の大半は恋愛の痛みを歌ったようにも、創造的なセレブとして生きる苦しみをテーマにしているようにも聞こえる。
ただし、昨年10月にリリースされた魅力的な第1弾シングル「ワーキング・フォー・ザ・ナイフ」では曖昧さを払拭し、キャリアの問題を正面から取り上げている。