アメリカを虜にする歌手「ミツキ・ミヤワキ」、その「曖昧」な世界観という魅力
The Ambiguous Mitski
曲名にある「ナイフ」が、アートと人生を常に脅かす商業やパブリシティーという刃物を意味しているのは明らかだ。「29歳の今、この先に待つのは同じ道のように見える。でも30になったら、変える方法が見つかるだろう」と、ミツキは歌う。
活動休止とコロナ禍を挟んだため、本作の完成には長い時間がかかった。今やミツキは31歳だ。
試練をイメージさせるタイトルを持つ本作(ローレル・ヘルとは、米南部の有毒な植物の茂みのことで、入り込んだら抜け出せずに死ぬこともある)には、以前と異なる表現手法を模索する姿が記録されている。もっとも、探求の結果は充実しているとは言い切れない。
その点は、以前のツアー仲間ロードが昨年発表した最新アルバムと共通する。彼女たちは最も成功した作品の後で、スタイルを変化させた。より地味な曲を発表して一部のファンをがっかりさせるリスクもいとわない姿勢は、現代のスターダムと攻撃的なソーシャルメディアとの共生関係に対する根深い不安を物語る。
もっと冒険したらどうなっていたか
こうした葛藤は創作上の選択に表れている。最新作はこれまでの路線を捨てることも、さらに掘り進むこともない。
どの曲もミツキの断片的な詩的スタイルと、どこかゆがんだメロディーが出発点だが、今どきの多くのシンガーソングライターの曲はあまりに会話調で退屈だと感じる音楽ファンに向けて、一つの回答を示している。
長年のプロデューサーでコラボレーターであるパトリック・ハイランドと共に、パンクやカントリーなどの数多くのスタイルを試し、最終的に80年代風ダンス・ポップを枠組みにしようと決めたと、ミツキは話している。
だが「悲しいダンストラック」というジャンルは、もはや使い古されつつある。今さらやっても、ミツキらしさが損なわれるだけではないか。
計約32分間の『ローレル・ヘル』はこれまでと同様、コンパクトな作品だ。収録曲のうち、3分を超えるのはごくわずか。
この抑制の利いたスタイルは普段なら歓迎だ。それでも本作の場合、だらだらと寄り道をしてみたら、もっとよかったのではないかと考えてしまう。道を外れて茂みに入り込み、作品が死なずに戻ってこられるかどうかを試していたら......。
探求心を感じさせる瞬間もあるが、ミツキは冒険の全貌を明かさずにいるかのようだ。次の作品を望むなら、ファンは余計なツイートはせず、ただ祈るだけにしておこう。
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