マスク論争で露呈した、アメリカを崩壊させるナルシシズムのパンデミック
なぜアメリカ人がマスク着用を嫌がるのかと言えば「自分がつけたくないから」「不快だから」という単純な理由です。世界中の人から見れば、単なる自分勝手と映るかもしれませんが、アメリカ人にとって「政府から命令されて不快なマスクをする」ことは「自由の精神」に反することであり、やすやすと受け入れられない大問題なのです。
トランプ大統領のマスク嫌いも有名ですが、その理由として「弱さやリベラル主義の表れで、米国の精神に反する」と述べています。アメリカで銃規制が一向に進まないのも「自由の精神」が原因です。犯罪につながることが分かっていても国民の反発によって実現できない。「自由の精神」は強い個人を産み、国家による統制が難しい社会を作り出したのです。
ナルシシズムがアメリカを破壊する
多くの日本人がマスク着用に抵抗感がないのは「他者への気遣い」が価値観として根付いているからです。人に病気をうつしてはいけない、周囲に迷惑をかけてはいけないというのは、集団を重視する日本人にとって当たり前の社会道徳です。ほとんどの人が政府から言われなくてもマスクを着用し、不急不要の外出を控えたことが感染拡大の抑止力となっています。
日本人にとっては当たり前でも、個人主義が徹底しているアメリカ人に「マスク着用」を納得させるには多くの言葉と時間を要します。「なぜマスクをしなければならないのか」その理由を科学的根拠で説明し「マスクは自分だけでなく周囲の人を守るため」とマスク着用の意味をメディアで訴え続け、理解を深めてもらうことが必要です。
政府や民間団体によるマスク着用キャンペーンが功を奏し、3月には10%にも満たなかったアメリカ人の屋外でのマスク着用率は6月末には73%まで上昇しました。しかし一方でマスクに強固に反対する人も増えており、レストランや飛行機などでマスクトラブルが多発しています。マスクの重要性を頭では理解できても、アメリカ人の魂に染みついている「自由の精神」がマスク着用を拒むのです。
「自由の精神」は度が過ぎるとナルシシズムへ発展する危険性を含んでいます。アメリカ人心理学者のジャン・トゥウェンとキース・キャンベルは、共著「自己愛過剰社会/The Narcissism Epidemic」(2009年)において「米国のナルシシズムは2000年代以降加速しており、今では大学生4人に1人がナルシシズムの標準尺度の大部分に合致している」と述べています。
ナルシシズムは自信過剰であり、他者への気遣いや社会への配慮を欠きます。自分が一番素晴らしい、自分は人より優れている、自分は特別な存在だという意識が強く、それが自己中心的な行動を引き起こします。トゥウェンとキャンベルは「ナルシシズムのパンデミックは米国社会を破壊するリスクがある」と警告しています。
ナルシシストと自尊心が高い人は似て非なるもの
1970年代以降アメリカ社会が国際化・多様化するにつれ、自尊心を高めることを目的とした「ほめる子育て」が主流になりました。ほめる効果を裏付ける研究結果が次々と発表され「ほめる子育て」が家庭、学校、地域社会に浸透していきました。そして過剰にほめられて育った人たちがナルシシスト予備軍として大量生産されたのです。
「ほめる子育て」は子どもの自尊心を高めるので素晴らしいのですが「ほめる」という言葉だけが一人歩きして、大した努力もしていないのに「すごいね」「えらいね」「あなたは特別」と、周囲が寄ってたかってほめてばかりいるとおかしなことになっていくのです。