恋人同士の「好き」より複雑──女性による女性たちの青春ラブコメ
A Gender-flipped Teen Comedy
ゲームと飲み比べ、バスルームでいちゃつくカップルたち、警察の急襲、モリーとエイミーの仲たがい。ポップスとインディー・ロックとヒップホップの軽快なサウンドに乗って、一晩の間に次々と出来事が起きる。
目にも耳にもごちそうがいっぱいだ。スクリーンに広がるキャンディーのような明るい色彩。音楽と人の動きがまるでセリフのようにはじける。
パーティー会場を探す途中で、モリーとエイミーがエキゾチックな幻覚剤を飲まされると、画面は人形のストップモーション・アニメに。トリップした2人は、自分たちがプロポーション抜群で性器のないバービー人形になったことに気付く。彼女たちのようにセックスに肯定的なフェミニストにとっては究極の悪夢だが、自分の外見や肉体に対する意識は、学園ドラマにしては新鮮なくらい健全だ。
『ブックスマート』が描く学校社会のヒエラルキーは、一般的な学園コメディーほど屈辱的なものではない。真の悪役は登場しない。ティーンエージャーは、成熟度と思いやりのレべルが人によって異なるだけなのだ。
ジェンダーの枠を超えて
もう1つ興味深いのは、階級や特権の問題に無頓着なことだ。舞台となるクロケット高校は、ほぼ全員が一流大学に進学する能力も経済的余裕もあるという、心地よい前提で物語は進む。その中で、自分のセクシュアリティーにあらがわない、ジェンダーの枠組みを超えた女性主人公は、存在自体が革命的に思える。
『ブックスマート』は夏にぴったりの、ティーンのセックス・コメディーでもある。フェミニズムだが説教的ではなく、みだらだが汚らわしくはなく、感情的に知的だが感傷的ではない。36歳のワイルドは注目すべき監督の1人となり、フェルドスタインとデバーは新進のコメディー俳優として名乗りを上げた。
10代の女性の自己実現を比較的無難に描いているという意味では、ファンタジーでもある。一晩中パーティーをして、親友と一日中つるんで、あっさりアイビーリーグに入学できる。そんなに簡単な青春は、確かに現実離れしているだろう。
とはいえ、男たちはずっと、スクリーンでファンタジーな高校生活を送ってきたのだ。オタクだけれど臆することのない2人の少女が、高校生らしくパーティーを楽しみたいと戦うだけでなく、痛快にその権利を手に入れる姿を見ていると、元気が出てくる。
© 2020, The Slate Group
BOOKSMART
『ブックスマート 卒業前夜の パーティーデビュー』
監督/オリビア・ワイルド
主演/ケイトリン・デバー、ビーニー・フェルドスタイン
8月21日より日本公開中
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2020年9月8日号(9月1日発売)は「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集。主導国なき「Gゼロ」の世界を予見した国際政治学者が読み解く、米中・経済・テクノロジー・日本の行方。PLUS 安倍晋三の遺産――世界は長期政権をこう評価する。
[2020年8月25日号掲載]