最新記事
カルチャー約4,740万円で落札されたAIの描いた絵──「アートとは何か?」
The Price of AI Art
作品は誰のもの?(写真はイメージ) dmitriymoroz-iStock
<既に芸術分野に進出したAIだが作品の定義や著作権、作者は誰かといった問題には答えが出ない>
2018年10月、ニューヨークのクリスティーズで1枚の肖像画が43万2500ドル(約4,740万円)で落札され、美術界を驚かせた。「作者」がAI、つまり人工知能だったからだ。
作品名は『エドモン・ド・ べラミ(べラミ家のエドモン)』。フロックコートらしき服を着た紳士が、わざとぼかして描かれている。
キャンバスに印刷して金箔の額縁に収めたこの作品は、遠くから眺めると美術館に展示された古典絵画のよう。しかし近寄って作家の署名を見ると、制作に使われたアルゴリズムのコード名が書いてあるので、人間の手による作品でないことが分かる。
AIの描いた絵が人の心を動かし、財布を開かせる。そんな時代が到来したのだとすれば大変なこと。「作者」の定義も変わりかねない。
もっとも、昨年11月に出品された同じシリーズの『べラミ男爵夫人』の落札価格は、想定をわずかに上回る2万5000ドルにとどまった。AIアートのバブルは早くもはじけたのか。
この連作はパリを拠点とする3人組のアート集団「オブビアス」が手掛けた。あるアルゴリズムに何千枚もの肖像画データを入力し、18世紀の肖像画の技法をAIに学習させたという。その特訓の成果が『べラミ家の人々』と呼ばれる11枚の肖像画になったというわけだ。
17世紀オランダの画家フェルメールの傑作『真珠の耳飾りの少女』と同様、べラミ家の肖像にも生身のモデルはいない。モデルは作者の頭の中にいるだけだ。
美術の世界では、こういう絵を「トローニー」と呼ぶ。オランダ語の「顔」に由来する言葉で、画家は想像力だけで自在に描く。伝統的な肖像画と異なり、モデルの属性(地位や職業など)を全く感じさせないのが特徴だ。見る側も白紙の状態で鑑賞することになり、自らの想像力で自由に解釈することが許される。
しかし、べラミ家の肖像画は人間の想像力から生まれた作品ではない。強いて言えばアルゴリズムの、つまり人ではないアーティストの「想像力」の産物だ。
著作権は誰のもの?
べラミ家の肖像画制作に使われたのは、敵対的生成ネットワーク(GAN)と呼ばれる機械学習のシステム。あるアルゴリズムが出した答えと別のアルゴリズムが出した答えを比べて優劣を判別していく仕組みなので、「敵対的」と呼ばれる。
GANは、機械学習分野の研究者で現在はアップル社員のイアン・グッドフェローラが14年に発表した。オブビアスは生みの親に敬意を示し、その名を彼らの作品に刻んだ。グッド(良き)とフェロー(仲間)をフランス語にざっくり翻訳してつなげれば「べル+アミ=べラミ」となる。
それにしても、GANから生まれた作品はアートなのだろうか。アートは本来的に人間だけの領域とされてきた。もちろんGANの情報処理プロセスやその産物には有益な意味があるだろう。しかしそれは人間と機械の境界線を曖昧にし、倫理的ないし法律的な問題を突き付ける。そもそもAIは作家であり得るのか。あり得るとすれば作家とは何か。それともAIは単なる(絵筆のような)ツールにすぎないのか。
AIアートの支持者は、作品の制作過程にも価値があると考える。ならば、べラミ家の肖像連作は人間と機械の新たなコラボの産物なのか。あるいは、結果としての作品よりも発想とプロセスを重視するコンセプチュアルアートの同類なのか。
そして、この作品の著作権は誰にあるのか。AIか、そのAIを所有するオブビアスのような団体か、あるいは使用したアルゴリズムを書いた人物か。
べラミ家の肖像連作について言えば、オブビアスが自分たちの著作物だと主張している。だが使われたアルゴリズムを書いたのは、ロビー・バラットという若者だ。
バラットは17歳でAIアートに取り組み、書き上げたプログラムをオープンプラットフォームの「ギットハブ」で公開した。オブビアスもこの点は認めていて、彼らのウェブサイトではグッドフェローと並んでバラットにも謝意を表している。
美術界のAIバブルはさておき、AIが突き付けた根源的な問いは消えない。そもそもアートとは、そしてアーティストとは何なのか?
Amanda Turnbull, Teaching Assistant and PhD Law student, York University, Canada
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
2020年2月11日号(2月4日発売)は「私たちが日本の●●を好きな理由【韓国人編】」特集。歌人・タレント/そば職人/DJ/デザイナー/鉄道マニア......。日本のカルチャーに惚れ込んだ韓国人たちの知られざる物語から、日本と韓国を見つめ直す。
[2020年1月28日号掲載]