国際結婚のダークサイド 夫に親権を奪われそうになった日本人妻の告白
そのうち、マルコさんは「子供は僕に任せて、菜々1人で長期的に日本に帰って休んだ方がいいのでは」と勧めてきた。悩んだ末、菜々さんは夫の言うことが正しいのかもしれないと思い、日本にしばらく帰ろうと心を固めた。そして、以前から家族ぐるみでつきあっていた親友に、日本行きのことを伝えた。親友は「絶対におかしいから、考え直すべき」とアドバイスした。
子供と一緒に、保護施設へ
心身の調子が万全ではないとはいえ、菜々さんは子供の世話はきちんとしていた。運よく見つけたパートの仕事もがんばって続けていた。親友にとって、子供を置いて日本に行くことにし、仕事を辞めた菜々さんの決心はまったく腑に落ちなかった。菜々さんに、誰でも家庭の問題を相談できる公的サービスがあることを教えた。
「虐待などを受けている女性や子供のための保護(宿泊)施設に、お子さんと2人で一時避難すべきです」。相談所でそう言われた菜々さんは数日迷ったが、その保護施設の門をたたいた。マルコさんには、2人で施設に入ったことを電話で伝えた。
落ち着いて寝食ができると喜びにひたったのも束の間、10日後に予想もしなかったことが起きた。「あなたが精神疾患状態にあり育児ができないとのことで、ご主人が離婚の申し立てをしました。1週間後に話し合いが開かれます」とマルコさんの弁護士から連絡が入ったのだ。マルコさんは資料を用意して、提出していた。その資料は弁護士から見せてもらうことができた。妻は精神不安定で母親業をこなしていないという空話に、菜々さんは言葉を失った。
マルコさんは、育児放棄して日本に帰ったという形にして菜々さんを追い出し(離婚し)、100%親権を取ろうと考えていたのだ。そうすれば、菜々さんの生活費は出さずに済む。
子供の日本のパスポートを没収された
その話し合いのため、菜々さんには弁護士が必要だった。菜々さんは保護施設の推薦リストから1人選んだ。「残念ながら日本語を話す弁護士はリストには載っていませんでした」。
また、このときになって、マルコさんが子供の担任やクラスメイトの親たち、近所の人たちにまで「妻は精神状態がおかしい」と吹聴していたことも知った。八方塞がりにも思われたが、自分で積極的に動かないと夫の思う壺にはまってしまう。保護施設スタッフが裁判の手順を教えてくれたこともあり、友人たちも支えてくれ、菜々さんは、≪子供がマルコさん宅と自分の元で交互に暮らす離婚≫に向けて走り出した。
いま、菜々さんは心身回復して元気に過ごしている。子供は別居中の両者の間を行き来して生活している。将来離婚して、経済的に自立して、引っ越してと、前だけ見て生きていこうとしている。だが、理不尽に感じる点はいろいろある。子供の身分証明書を持たせてもらえないことは、その1つだ。マルコさんの許可を得ずに子供をスイスから連れ去ってしまう恐れがある(誘拐と見なされる)として、子供のパスポートは、いま裁判所に没収されている。菜々さんは、(誘拐して)子供と一緒に日本で暮らす気持ちは決してなく、2人で一時帰国したいだけだができない。子供(2重国籍)のスイス人としての身分証明書も持つことを許されていない。一方で、マルコさんは子供を連れてスイス国外に旅行している。
マルコさんが離婚しようと思ったのは夫婦間の問題だが、妻を苦しい立場に追い詰めるのはいかがなものか。菜々さんの経験は、きっと稀な話だろう。とはいえ「国際結婚ではこんなことも起こり得るのです。日本人妻たちに知ってほしいですね」と力を込めた。
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」理事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com