ランウェイ歩いて赤字も。夢を追うモデルを蝕む借金という「罠」
また、海外のファッションウィークへの参加で赤字を出すモデルもいるそうだ。「クライアントに招待されない限り、ファッションウィークや海外でのオーディションの参加のための飛行機代・宿泊代・生活費はモデルがすべて負担します。旅先では、モデルたちはアパートを他のモデルとシェアをし、一泊約50ユーロ(約5600円)を支払う。オーディションに受からずファッションウィークに歩けなかった場合や、200ユーロなど低い報酬のショーのみを歩いた場合、借金が膨らんでしまいます」
「問題は、初めに多くのモデルがこれらの費用を『自分が負担すること』に気付いていなかったことです」
このような事務所から去ろうとしても、モデルが新しい事務所と契約することは難しいという。新しい事務所はモデルが背負っている前事務所の「借金」を払わないといけないためだ。
なぜ、モデルはこうした「罠」に陥ってしまうのだろうか。
モデルのキャリアを始めた女の子たちは、まだ10代で法律についても知らず、事務所を疑わない人も多い。さらにパリでは多数のモデルが外国人であるにも関わらず、モデルの権利について書かれた書類はごく最近まで仏語で書かれていたという。また、オジガノバさんは「契約書には『モデルのキャリアの成長のためのお金は前貸しする』という曖昧な内容が記載されている」と指摘する。
同氏はこの問題がモデルの間でタブーとなった要因をこう語る。「モデルたちは事務所に『扱いにくい』と思われ、今後仕事ができなくなるのを恐れてこうしたお金の質問をすることができない。特に右も左もわからない10代の新人モデルは、先輩が黙っているのを見てそれが『普通』だと思ってしまう」「一方、事務所はモデルたちに『華やかな世界への扉を開けてあげている』と思っている」
また、オジガノバさんによると、フランスでは特にモデルの手取り額が少ないという。「フランスの契約形態では、モデルは基本的に事務所の『従業員』。モデル事務所への手数料、税金などを除くと、33%~36%がモデルの手取り額です。例えばクライアントが大きなショー仕事の出演料に1000ユーロ(約12万6000円)を支払っても、330~360ユーロ(約4万2000円~4万5000円)がモデルの実際に受け取る金額。
他の多くの国ではモデルはIC(独立請負人)として働くため、モデルの手取り額は50%~60%。一方で、フランスでは守られるはずの従業員の権利が『モデルの情報の欠如』により、無視されているケースが少なくないのが実情です」
アルバイトや親からの仕送りでやり繰りするモデルも...
借金を抱えているモデルたちは、実際にどのように生活をしているのか。学生だと家族からの仕送りや、アルバイトをして生活費を工面するモデルもいる。
一方で、モデル業とアルバイトで多忙な日々を送り、10代、20代で他の分野の経験やスキルを得ることができず、一定の年齢になって「第二のキャリア」の壁に直面するモデルも少なくない。
「モデルたちは学校や語学スクールに通っても、事務所から『明日仕事があるから』などの連絡が入り、勉強に専念することが難しい。さらに、オーディションでは長い待ち時間で多くのモデルが時間を無駄にしています」と、オジガノバ氏は話す。
同氏はモデルの仕事によりその後の人生を犠牲にしたり、借金に縛られるのではなく、ポジティブな経験にしてほしいと願う。
「モデルの仕事は才能溢れるデザイナーやアーティストと出会い、刺激を受けることのできる仕事です。だからこそ『モデル』という仕事が若い人たちの人生の大切な経験になるようサポートしていくことが目標です」
「取り組むべき問題はモデルへの情報の欠如です。現在、モデルだけでなく、彼女達の保護者からも契約内容の相談などの連絡を受け、アドバイスをしています。今後アジアも視野に入れ、モデルの労働組合や法律家などパートナーを増やし、不当な条件で働くモデルたちの状況を変えていきたいです」
[執筆者]
西川彩奈
フランス在住ジャーナリスト。1988年、大阪生まれ。2014年よりフランスを拠点に、欧州社会のレポートやインタビュー記事の執筆活動に携わる。過去には、アラブ首長国連邦とイタリアに在住した経験があり、中東、欧州の各地を旅して現地社会への知見を深めることが趣味。女性のキャリアなどについて、女性誌『コスモポリタン』などに寄稿。パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、ヨーロッパの難民問題に関する取材プロジェクトなども行う。日仏プレス協会(Association de Presse France-Japon)のメンバー。
Ayana.nishikawa@gmail.com