ヘレン・ケラーの存在まで疑うネット上の陰謀論
Too Saintly to Be “Real”
「奇跡の少女」と語り継がれるケラーは成人後の多くの時間を社会・政治活動に費やした Daily Herald/Mirrorpix-GETTY IMAGES-SLATE
<ネット上の陰謀論をきっかけに見直したい、社会・政治活動に人生を捧げた「奇跡の人」の真の姿>
ヘレン・ケラーの「三重苦」は嘘だったという偽情報を、ネットで目にしたのはいつ? 英語圏の中高年以上なら、たぶん今年2月の終わり頃。あるツイッターのユーザーが自分の投稿に、中学校の先生が動画アプリTikTok(ティックトック)で公開した動画を貼り付けた後だろう。
その動画では、ある生徒が言っている。「ヘレン・ケラーはナチスの人間だ......テロリストだ。目が見えず耳も聞こえなかったというのは大嘘、そんな女はいなかった。でも、みんながそう信じている」
「今どきの子は歴史を知らない」と、大人が嘆くのは今に始まったことじゃない。そう思う大人が多いからこそ、この先生の投稿が一定の注目を浴びたといえる。
でも、ヘレン・ケラーを否定するのは次元が違う。それは「歴史を知らない」ことの一例ではない。露骨な歴史の捏造だ。
専門家によれば、この手の偽情報が出現したのは昨年の5月頃。誰かがTikTokで、「ヘレン・ケラーは嘘だった」というハッシュタグを付けた動画を公開した。今年1月になって、ダニエル・クンカという脚本家がツイッターで、自分の甥と姪がヘレン・ケラーは「実在しなかった」というメールを送ってきたと投稿した。このときはこのハッシュタグは使われていないが、どうやらこれが拡散の火種となったらしい。
いまTikTokでこのハッシュタグをたどると、出てくるのはジョーク動画(出会った庭師にうっかり声を掛けて、実は目が見えることがばれた、など)か、そうでなければ彼女を敵視し、否定する悪質な偽情報だ。
後者の投稿に対するコメント欄の書き込みは、当然のことながら荒れている。「身障者差別だ」と批判するコメントには「黙れ、じじい」という反撃があり、ヘレン・ケラーなんて嘘だと言ったら先生に叱られたという書き込みもある。
「有名な人は疑われ、真に有名な人は信じてもらえない」。2003年にそう書いたのは作家のシンシア・オジック。中傷に耐えて生きたヘレン・ケラーを擁護する論考だった。しかし18年前のオジックは1つだけ間違っていた。彼女は書いていた。「もう今はきちんとした障害者保護の法律ができているから、こんな中傷が出てくるはずはない」と。