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「世紀の誤審」でもビデオ判定は不要だ

完全試合をフイにした誤審をきっかけにビデオ判定を求める議論が起きているが、ハプニングこそがスポーツの醍醐味だ

2010年6月7日(月)16時03分
マーク・コートニー

今度は慎重に 誤審の翌日、インディアンス対タイガース戦で審判を務めるジョイス(6月3日、デトロイト) Rebecca Cook-Reuters

 米大リーグで史上21回目となるはずの完全試合が無情にも、最後の最後で投手の腕から奪い取られた。6月2日のクリーブランド・インディアンス戦で、デトロイト・タイガースのアルマンド・ガララーガ投手は9回2死まで1人の走者も許さなかった。最後の打者をファーストゴロで仕留めたと思った瞬間、一塁塁審のジム・ジョイスが誤ってセーフの判定を出した

 ガララーガのチームメイトは「世紀の大誤審」に激怒し、監督も抗議したが判定は覆らなかった。試合後、ジョイスは誤審を認めて謝罪し、記者団に「あの子の完全試合をフイにしてしまった」と語った。当のガララーガは驚くほど立派な態度を貫き、「(ジョイスは)たぶん私より辛かっただろう」と語った。

 野球の試合におけるビデオ判定の適用拡大を支持する人々にとって、今回の誤審は格好の攻撃材料だ。インターネット上には、全ての判定をビデオカメラで行うべきだという論調があふれている。

 だがそれは間違っている。あらゆるスポーツにおいて、ビデオ判定の導入には強く反対すべきだ。スポーツの神髄は「不完全さの超越」を追い求めるところにある。選手がプレーし、観客がそれを見守るのは、信じられないほど素晴らしい、百万分の1の奇跡が起こる瞬間を待ち望んでいるからだ。常に完璧な筋書きがほしければ劇場に行けばいい。

「機械仕掛けの神様」が欲しいか

85年、カンザスシティー・ロイヤルズはこれまででただ1度のワールドシリーズ優勝を果たしているが、それは「世紀の大誤審」によって第6戦に勝利したことが大きかった。時にはこうしたハプニングが起こるもの。それこそがスポーツの醍醐味だ。

 ライトがキャッチしようとしたボールをおバカな子供がつかんで一転ホームランになり、試合の流れが変わることもある。選手の投げたボールがカモメにぶち当たり、息の根を止めることもある。スタジアムの集客イベントが、警官隊が出動するほどひどい暴動になることだってあるのだ。

 美学的観点からみたってそうだろう。選手たちが汗まみれの戦いを終えた後、天井から機械仕掛けの神様が降りて来て「ビー!ただいまの勝者は○○です」と判定する。そんなことをすべきだろうか? 今の時代にチェスの人気がないのも理由は同じ。コンピューターが人間より強いことを誰でも知っているからだ。

 しかも、ビデオ判定をしたって本当の結果が分からないことはある。08年の北京夏季五輪でマイケル・フェルプスは100メートルバタフライで金メダルを獲得したが、2位の選手とは0.01秒差だった。計時システムでさえ判断できるかできないかの僅差で、結局は審判の判定で決まった。

 ちょうど今回のように。


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