最新記事

アメリカ社会

テキサス流、教育の殺し方

天地創造説を採用し、黒人やヒスパニックの偉人を公民教科書から削除しようとする超保守王国の突出度

2010年5月27日(木)15時49分
エバン・スミス

 共和党支持者が多い私の出身地テキサス州は今、保守化が加速する「真っ赤な」州になっている。それを考えれば、州内の公立高校の社会科カリキュラムの見直しをめぐる騒動は、単なる政治的な動きと片付けても問題ないだろう。

 選挙で選ばれた委員15名から成るテキサス州教育委員会は、過半数近くが超保守派。彼らは一丸となって、社会問題を中心にして考えられた世界観を推奨している。

 同委員会が巻き起こしている論議はほかにもある。その1つが性教育を骨抜きにしていること。同州の保健体育の教科書からは「お子様向け」でない内容がすべて削除されている(体の自己診断コーナーに女性の胸の絵を掲載するのも駄目だ)。キリスト教の天地創造説を教えず、進化論だけを教えるのは適切ではないという主張も物議を醸している。

 だがこうした論議は前座のようなもの。社会科カリキュラムの見直しこそ、ヘビー級の大一番だ。この戦いには、アメリカ中が軽蔑の目を向けている。

 テキサス州教育委員会は10年ごとに、計470万人の生徒を擁する州内の公立高校のカリキュラムの見直しを行う。他州の場合と異なり、この見直し作業に州教育庁などは関与できない。

 改定内容を検討するのは、教育委員会が「審査員」に任命した専門家のチームだ。教育委員会は彼らの意見を踏まえて討議し、変更点を票決する。

 見直し年に当たる今年、最終的な票決は5月に行われる予定だが、騒動自体は1月から起きている。

マッカーシーは再評価?

 きっかけは公民教科書への掲載が望ましい歴史的偉人のリストが議題に上ったこと。黒人初の米最高裁判事サーグッド・マーシャルやメキシコ系の労働運動指導者セサール・チャベスが削除の対象になる一方で、アメリカにヨーヨーを普及させたペドロ・フロレスが推薦され、50年代初頭に「赤狩り(共産主義者への弾圧)」を進めたジョゼフ・マッカーシー元上院議員の再評価が検討された。

 政教分離をテーマとする議論は「水準に満たない」と記載を却下された。人種や民族の多様性という視点も欠落している。非アングロサクソン系住民の歴史に関する記述はおざなりになる一方だと、保守派でない委員は不満を漏らした。テキサス州では近い将来、ヒスパニック(中南米系アメリカ人)が多数派になるという現実にもかかわらず、だ。

 こうした動きに、アメリカ全土の教育者や進歩主義者が反発している。テキサス州は全国有数の教科書購入数を誇り、多くの教科書会社が同州の基準に従って教科書を作成する。テキサス州教育委員会の恥ずべき改定結果は他州の教育カリキュラムにも影響を与えかねないと、彼らは危惧する。テキサスの針路がアメリカの針路になるのではないか......。

 彼らの懸念の一因が、テキサス州が叫ぶ保守的イデオロギーにあるのは確かだ(同州は、08年米大統領選で民主党候補のバラク・オバマが敗れた保守のとりでだ)。しかし原因はほかにもある。ヒントとなるのが今回の見直し作業におけるある人物の声高な主張だ。

 ある人物とは、天地創造説を擁護するテキサス州教育委員会のドン・マクリロイ委員長(当時)によって社会科カリキュラムの審査員に任命された、保守派のビル・エイムズ。彼は、「アメリカ例外主義」の下に結集せよと訴えた。彼に言わせれば、アメリカは「比類ないだけでなく優れており」、その国民は「世界をより良い方向へ導く聖なる務め」を担う。

 テキサス州教育委員会をめぐる論議の背後には、同州がエイムズの言う「アメリカ」を「テキサス」に置き換えて解釈している事実があるのではないか。そして、これはより大きな論議の一部にすぎないのではないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中