「拷問の番人」チェイニーの暴走
テロリストに対する拷問を何が何でも正当化しようとするディック・チェイニーは、文明を後退させる存在だ
ネオコン代表 チェイニーの強硬姿勢は今も健在 Joshua Roberts-Reuters
引退したアメリカのディック・チェイニー前副大統領は、バラク・オバマ大統領にとってケーブルテレビによく登場する不愉快な存在だが、政治的な脅威ではない――この先テロが起きなければの話だが。そうなれば、チェイニーは予言者であるかのように振舞って、悪意に満ちたオバマへの中傷(軟弱なオバマはアメリカを守っていない、など)が証明されたように見せかけるだろう。
7年半の残り在任期間中にテロがなくならなければ、オバマは前副大統領の中傷に反論するためさらなる力強い方法をとる必要に迫られる。アメリカはいま無人機を使い(もうすぐ空軍で最多になる)、できる限り多くのアルカイダ戦闘員を殺害しようとしている。ただオバマがウサマ・ビンラディンを殺しさえすれば、チェイニーは黙るのだろうか。
たぶんそうではない。歴史的な議論に勝利する以上のことを目論み、陪審員予備軍に「毒」を盛ろうとしている男は、憲法や法の支配の再定義をもくろんでいる。もしチェイニーが勝利すれば――世界中の人権侵害者が喜び、テロリストの勧誘活動が容易になり、アメリカ外交が悪影響を受ける。無罪の根拠が増えるので、テロリストの起訴も難しくなる。
拷問はテロ防止に役立たない
先週、米テレビ番組FOXニュースがチェイニーのインタビューを放映したが、2つの単語が耳に飛び込んできた。クリス・ウォレス記者が「CIA(米中央情報局)の取調官が一定の法律に違反した尋問を行ったケースもあなたは承認するのか」と質問した時に、チェイニーは「I am(承認する)」と応えた。
この答えは簡単だが実に恐ろしい。彼は結果によっては犯罪的な手段も正当化されると言ったのだ。これは非常に反民主主義的で独裁主義的な考え方だ。法律を無視してもいいのなら、なぜ「強化された尋問テクニック」(拷問を禁止するアメリカの法律を逃れるための手法だ)にインチキの法的許可を与えたのか。
仮に拷問が結果を出したとしても、それを正当化することはできない。9・11テロの首謀者ハリド・シェイク・モハメドは、水責めによる拷問の後に事件に関する有益な情報をもたらしたとされた。ワシントン・ポスト紙によれば、彼は70人ものテロリストの名前を明かしたが、ほかの拷問された人たち同様、モハメドは痛みから逃れるために嘘をついていた。
実際、多くの取調官が拷問によってもたらされた偽情報で時間を無駄にしたと証言している。最近機密解除された国務省の文書には、04年のCIA監察官の報告書が含まれている。そこで監察官は水責めや他の拷問によって集められた情報によって、特定の「切迫した」脅威を阻止できたという確証は得られなかったと認めている。何千人のアメリカ国民の命を救うため拷問は「必要不可欠」と言うチェイニーの主張は立証されていない。そもそも証拠があるなら、チェイニーが喧伝する必要はないではないか。
私はチェイニーを世界的な拷問者の1人に加えるつもりはない。ただそれに近い存在になりつつある。「移行期の正義の国際センター」(ニューヨーク)のポール・バン・ジルにいわせれば、チェイニーは名の知れた独裁者よりもたちが悪い。「チリのアウグスト・ピノチェトや南アフリカのピーター・ウィレム・ボタは、拷問を正当化しようとしなかった。だがチェイニーは拷問を道徳的な根拠を示している。文明にとって大きな後退だ」と、バン・ジルは言う。
自分たちの政権が脅威に晒されていると感じると、無慈悲な指導者は新しい主張を持ち出して悪用する。エリック・ホルダー米司法長官がもし調査に乗り出さなかったら、世界に「拷問は悪だ、私たちを除いて」というメッセージを伝えることになっただろうと、バン・ジルは話す。