最新記事

米外交

元大統領の正しい使い方

拘束されたアメリカ人を救うため、クリントン元大統領が北朝鮮に、ウェッブ上院議員がビルマに飛んだ。大物による「プライベート外交」の効果とリスクを改めて検証

2009年8月24日(月)18時27分
ジョン・バリー(ワシントン支局)

貫禄? クリントン元大統領の訪朝は米政府との綿密な調整の下で進められた。解放された記者2人と平壌の空港で(8月5日) KCNA-Reuters

 どうして、そこまでしてやる必要があるのか――そんな疑問がわくのも無理はない。

 北朝鮮で拘束されていたアメリカ人テレビ記者のローラ・リンとユナ・リーが帰国するためには、ビル・クリントン元大統領が平壌を訪れる必要があった。ビルマ(ミャンマー)で拘束されていたジョン・イエッタウが釈放されたのは、ジム・ウェッブ上院議員が現地入りしてからだった。

 この3人の愚か者のために、元大統領や現職の上院議員が動かなければならない筋合いがどこにあるのか。3人は拉致されたわけでもないし、人質に取られたわけでもない。北朝鮮なりビルマなりの法律に違反していたという自覚もあった。

 おまけに、3人はその愚かな行動を通じて、罪なき人に危害を及ぼした。北朝鮮で捕まった2人の記者のせいで、現地で活動している人権活動家たちが危険にさらされた。

 ビルマの民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーの自宅に押し掛けるというイエッタウの暴挙のおかげで、軍事政権により長期にわたり自由を奪われているスー・チーの自宅軟禁がさらに1年半延びる結果になった。

「とうてい同情する気にはなれない」と、元国務省高官のジェームズ・ドビンズは言う。「とっさに頭をよぎったのは、救出せずに、2、3年刑務所暮らしをさせればいいのに、という思いだった」

「この人たちのやったことはあまりに愚かだし、法律にも違反している......アメリカ人が外国で愚かなことをしでかした挙げ句、元大統領に助けてほしいと訴えるたびに、国務省は歯ぎしりしていることだろう」

北朝鮮で待っていた異例の厚遇

 国外で拘束されたアメリカ人がすべてVIP並の救出活動の対象になるわけではない。米国務省によると、現在国外で獄中にいるアメリカ人は2652人に上る(その多くは薬物関連の罪)。ではなぜ、リンとリー、イエッタウは特別扱いされたのか。

 答えは、国際政治上の冷静な計算にある。北朝鮮とビルマの両国とコミュニケーションを取る手立てが欲しいと考えていたアメリカのオバマ政権にとって、自国民救出のための「人道的ミッション」は絶好のチャンスだった。

 実際、クリントンの訪朝は舞台裏で国務省の強力な支援を受けていたと、ある国務省関係者(匿名を希望)は言う。ウェッブのビルマ訪問にいたっては、米空軍機が用いられた。

 元高官や現高官の私的訪問というやり方に、問題がないわけではない。「基本的に仲介役に徹していれば問題はないが」と、マーティン・インダイク元駐イスラエル大使は指摘する。「交渉を行うとなると、話は違ってくる」

 とはいえ、クリントンやウェッブの訪問が成果を上げたのは、現政権のお墨付きを得ているという印象を相手に与えたからにほかならない。

 現に、クリントンの訪朝をアメリカ側も北朝鮮側も極めて真剣に考えていた。クリントンは米政府と事前に入念な打ち合わせをした上で、国務省の北朝鮮担当を長年務めたデービッド・ストラウブ(現在は退職してスタンフォード大学で教えている)を同伴した。

 元大統領の訪朝を非常に重く考えていた点では、北朝鮮も同じだったようだ。米海軍大学の北朝鮮専門家ジョナサン・ポラックは、北朝鮮当局が公開した写真で金正日(キム・ジョンイル)総書記の隣に立っている人物に注目する。

 その人物とは、姜錫柱(カン・ソクジュ)第一外務次官。ブッシュ前政権で2年間にわたり北朝鮮との交渉役を務めたクリストファー・ヒルが最後まで面会を許されなかったほどの超大物である。北朝鮮のメッセージははっきりしている。「アメリカがそれなりの人物を用意すれば、こちらも相応の人物を用意する」ということだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中