最新記事

米環境

元祖エコ大国の復活が始まる

オバマが率いるアメリカは悪役の地位を脱し、エコ政策のリーダーに返り咲くかもしれない

2009年4月9日(木)11時34分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

先駆者 カリフォルニア州は風力発電でもすでに世界をリードしている
Lucy Nicholson-Reuters

ガソリンや電気を使いまくり、京都議定書を批判し続けてきたアメリカは昔、環境先進国だった。「グリーン・ニューディール」を掲げるオバマ政権が誕生した今、世界有数の環境対策をもつ一部の州を牽引役に、変化が訪れる。

 ちょっとややこしいクイズを一つ。日本やドイツより環境にやさしく、地熱エネルギーの生産量がヨーロッパの合計を上回る大国は?

 ヒント。その国はエコ対策にかけては先駆者だ。自動車の排ガスやエネルギー効率、自然保護に関しては、世界的にみても厳格な規制が設けられている。

 まさかアメリカのはずはないと、あなたは思うかもしれない。環境保護に向かう世界のなかで、アメリカが悪役の筆頭であることは誰もが知っている。安いガソリンと豊富な石炭を使いまくり、ホワイトハウスには京都議定書を批判する大統領が8年間も居座った。

 アメリカのGDP(国内総生産)1ドル当たりの二酸化炭素(CO2)排出量は、EU(欧州連合)の1.5倍にのぼる。国民1人当たりで計算すると、さらにひどい。アメリカ人1人当たりの年間排出量は20トンだが、EU市民はわずか8.4トンだ。

 それでも答えはアメリカではないか、と思ったあなた。8割方は正解と申し上げておこう。アメリカでは州によって、環境保護への取り組みに大変な差がある。優等生の州は、その州だけを取り上げて「グリーンな国」と呼んでも差し支えない。

 たとえば人口約3700万のカリフォルニア州は、GDP1ドル当たりのCO2排出量がドイツより20%少ない。風力や太陽光などの再生可能エネルギーは、総発電量の24%を占めている(ドイツは15%、日本は11%)。太陽光、風力、地熱を使った発電施設も、世界最大のものはすべてカリフォルニアにある。

 経済危機のあおりで財政は破綻寸前のカリフォルニアだが、環境対策はピカ一だ。カリフォルニアが国だったら経済規模は世界10位だし、エコ対策でもトップレベルだと胸を張れる。

11州がドイツより優等生

 バラク・オバマ新大統領は、雇用と環境問題を同時に解決する「グリーン・ニューディール政策」をひっさげて政権に就いた。あのアメリカが環境保護で世界の指導的役割を果たすのではないか、政策でも技術でもヨーロッパやアジアの国々をしのぐのではないかと、専門家はみている。

 オバマは就任してすぐに、州が独自の環境政策を取ることを容認した。とくにカリフォルニア州は世界で最も厳格な排ガス規制をめざしていたが、ジョージ・W・ブッシュ前政権がこれを阻んでいた。

 さらにオバマは、アメリカのCO2排出量を2020年までに3分の1減らし、2050年までに80%削減するという野心的な目標を掲げている。先ごろ議会を通過した7870億ドルの景気刺激策も、800億ドル以上は環境関連の減税や支出に振り向けられる。

 米政府は過去と決別して、エコな州や環境技術産業の味方になろうとしている。EUや日本など環境分野で世界をリードする勢力と、もうすぐ肩を並べるかもしれない。「アメリカでは各地でさまざまな取り組みが行われていた。政府が積極的でなかったから目立たなかっただけだ」と、産業諮問機関クリーンテク(サンフランシスコ)のニコラス・パーカー会長は言う。

 エコな州はカリフォルニアだけではない。人口1950万のニューヨーク州は、CO2排出量がカリフォルニア州より少ない。ドイツよりも環境汚染度の低い州が、全米には11州ある。

 テキサスやフロリダ、重工業地帯のペンシルベニアやミシガンなど、CO2排出量の多い「茶色い州」があるのは確かだ。だがヨーロッパも、エコな国ばかりではない。EU加盟27カ国のうち23カ国は、カリフォルニアより環境汚染がひどい。ポーランドやチェコなど数カ国は、GDP1ドル当たりのCO2排出量がペンシルベニア州などよりも多い。

 ブッシュ前政権が悪化させた統計や世界でのイメージの向こうに目を凝らせば、環境対策に前向きなアメリカの姿が見えてくる。「政府の環境対策は骨抜きだが、州や自治体レベルの取り組みは素晴らしい」と、ロッキーマウンテン研究所(コロラド州)のエイモリー・ロビンズ所長は言う。

 カリフォルニア州は厳格な排ガス規制を独自に打ち出して注目されたが、他の州も環境保護に積極的な取り組みを始めている。1月にはニューヨーク州やマサチューセッツ州など北東部10州が、独自の排出量取引制度を開始した。州内の公益企業はCO2を1トン排出するごとに排出権を購入し、州政府はその売却益を環境にやさしいプロジェクトに投資する。

 カリフォルニアを含む西部7州はカナダの4州とともに、12年までに独自の排出量取引制度を導入する。米政府を通さずに直接EUと協議し、世界規模のCO2排出量取引体制をつくることをめざしている。

 さらにアメリカは昨年、ドイツを抜いて世界最大の風力発電大国になった。テキサス州には過去3年間で計5000メガワットの風力発電施設が設けられた。風力発電量ではテキサスとカリフォルニアに次いで3位のアイオワ州でさえ、日本の発電量を上回っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中