最新記事
建築

環境に優しく、かつてない形状も可能に...3Dプリンターで丸ごと組み立てた「未来の建築物」たち

3D-Printed Buildings

2023年5月11日(木)18時26分
ジェームズ・ローズ(テネシー大学スマート構造研究所所長)
3Dプリント技術で建てられたハウス・ゼロ

3Dプリント技術で高強度コンクリートと木を組み合わせた「ハウス・ゼロ」を実現 PHOTO BY CASEY DUNN-LAKE | FLATO ARCHITECTS

<低コストで無駄なくスピーディー、環境にも優しい。自然と融合する「3Dプリント建築」の魅力>

建築分野では新素材はめったに登場しない。何世紀もの間、木や石やコンクリートが世界のほとんどの建築物の基礎だった。1880年代に鉄骨構造が採用されると建築物は一変。窓の大きい高層建築が可能になり、現在の都市に欠かせない摩天楼が登場した。

■トリリウム・パビリオンなど、3Dプリント技術を使って作られた建築物たちの写真を見る

産業革命以降、建築材料は大部分、一部の量産品に限られていた。過去150年間、鉄骨から合板パネルまで、こうした規格品が建物の設計・構造を特徴付けてきた。

だが大規模な「付加製造(アディティブ・マニュファクチャリング=AM)」の進歩が状況を一変させるかもしれない。大規模AMは卓上3Dプリンターのように一層ずつ積み上げていく。粘土やコンクリートやプラスチックを液体の状態で出力し、それが固まって最終的な形状になる。

この新技術が広く採用されるにはまだ障害も残るものの、未来の建物は丸ごと再生材や現地調達の材料を使い、自然界にヒントを得た形状で建てられることになりそうだ。

例えば米テネシー州ノックスビルのトリリウム・パビリオンは再生ABS樹脂(合成樹脂)を使ったオープンエアの3Dプリント構造物だ。ABS樹脂は汎用性の高いプラスチックで、さまざまな消費者向け製品に使われている。

2方向にカーブした薄い表面はその名のとおりトリリウム(エンレイソウ)の花びらをヒントにしている。テネシー大学の学生たちが設計し、地元の専門業者ロウサイ・ロボティクスの協力を得てノックスビルにある大学のリサーチパークに建設された。

イタリアのラベンナでは地元の川で採取した粘土を利用した持続可能な3Dプリント住宅の試作品「テクラ」(面積41.8平方メートル)が完成。マリオ・クチネッラ・アーキテクツが設計し、安価な材料と放射状の形態によって省エネ型の新しい住宅を生み出した。

230516p50_3DP_02.jpg

地元の土を利用して造られたドーム型の省エネ住宅「テクラ」 PHOTOS BY ©IAGO CORAZZA-MARIO CUCINELLA ARCHITECTS WITH WASP

米テキサス州オースティンの建築事務所レイク・フレイートは3Dプリント建築専門のアイコン社の協力を得て、省エネ住宅「ハウス・ゼロ」用に高強度コンクリートの外壁をプリント。185.8平方メートルの住宅はコンクリートの3Dプリントの速さと効率を証明し、カーブした壁とむき出しの木造の骨組みとのコントラストが心地よい。

可能性は大きく広がる

大規模AMにはデジタルデータの設計や造形加工、材料科学のノウハウが必要だ。まずプリントする全部品のコンピューターモデルを作成。それからソフトウエアを使って負荷や強度をテストし微調整する。これらのモデルやソフトはプリント前に部品の軽量化を図り、複雑な形状をうまく組み合わせるプロセスを自動化するのにも役立つ。

その後、「スライサー」と呼ばれるソフトを使ってコンピューターモデルを一層一層スライス(輪切りに)して3Dプリンターで読み込めるデータに変換する。

3Dプリント技術の進歩によって用途も大幅に拡大している。建築用の3Dプリンターはデスクトップ型のような「ガントリー(門)型」のフレームの中でノズルをスライドさせるタイプのほか、どんな向きにも出力できるロボットアームを使ったものも増えている。

出力場所もさまざまだ。仕上げ用や小型の部品は工場で出力できるが、住宅全体は現地で出力しなければならない。

大規模AMには多様な材料が使われる。コンクリートはなじみがあって耐久性が高い。粘土はテクラのように現地で採取できるのが魅力だ。だが最も汎用性が高いのはプラスチックと樹脂かもしれない。非常に用途が広く、さまざまな構造的・美的要件に対応する。再生材料や天然由来の材料から製造することも可能だ。

AMは加法製造とも呼ばれ、特定の部品に必要な材料とエネルギーだけを使って一層ずつ積み上げていくので、木を削って梁にするなど材料の余分な部分を取り除く「滅法製造」よりはるかに効率的だ。

230516p50_3DP_03.jpg

ドーム型の「テクラ」の内部 PHOTOS BY ©IAGO CORAZZA-MARIO CUCINELLA ARCHITECTS WITH WASP

自然の造形を取り入れて

コンクリートやプラスチックなど一般的な材料でさえ3Dプリントなら型枠や鋳型を追加する必要がないというメリットがある。現在は大半の建築材料が量産品で、コストは削減できるがカスタマイズの余地はほとんどない。大規模AMなら機械設備も型枠も金型も不要なので、修正・加工に時間をかけずに特殊な部品を作ることができる。

内側が空洞になっている複雑な部品を製造できる点も興味深い。そのうち導管や配管が付いた状態で壁をプリントできるようになるだろう。

窓や断熱や構造補強、配線まで完全統合して単一部品としてプリントできるマルチマテリアル3Dプリントの可能性を探る研究も進んでいる。

個人的に特に期待しているのは、貝殻の形成のように材料を少しずつ硬くしながら一層ずつ積み重ねていく方法だ。これなら自然界にありふれている形状を実現できる。鳥の骨格をヒントにした格子構造で軽量化を図ったり、建物の正面を植物の葉のようにして日除けと太陽光発電を兼ねたり、という具合だ。

だが新しい技術だけに普及には障害も多い。サプライチェーンや建築基準などインフラ全体が鉄鋼やコンクリートや木の従来型建築を中心にできている。しかも3Dプリンターなどのハードウエアは比較的高価で、設計スキルを学べる場も限られている。

3Dプリント建築がさらに普及するには価値を見いだす必要がある。ワープロ機能がデスクトップPC普及の追い風になったように、特定の用途が大規模AMの普及につながるだろう。例えば彫刻を施した個性的な外観を作り、使い古したらリサイクルしてプリントし直すなどだ。

いずれにせよ、3Dプリントは未来の建築物に欠かせないものになりそうだ。

The Conversation

James Rose, Director of the Institute for Smart Structures, University of Tennessee

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ビジネス
栄養価の高い「どじょう」を休耕田で養殖し、来たるべき日本の食糧危機に立ち向かう
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領、イラン最高指導者との会談に前向き 

ワールド

EXCLUSIVE-ウクライナ和平案、米と欧州に溝

ビジネス

豊田織機が株式非公開化を検討、創業家が買収提案も=

ワールド

クリミアは「ロシアにとどまる」、トランプ氏が米誌に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    アメリカ版文化大革命? トランプのエリート大学たた…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 5
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中