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慶應こそが「東大制覇」の目撃者であり、被害者だった...「私立蔑視」と「国立崇拝」の歴史と背景

2025年1月11日(土)08時45分
尾原宏之(甲南大学法学部教授)

仏学塾が刊行する雑誌『政理叢談』は、ヨーロッパの思想を紹介して自由民権運動に強い影響を与えることになる。ルソーの『社会契約論』をもとにした兆民の『民約訳解』が掲載されたのも、この『政理叢談』である。


 

夢物語にすぎないが、もし政府が官立学校を作らずに私学を育成する方針を選んでいたとしたら、特色ある「同人社大学」「仏学塾大学」などが続々誕生し、慶應などと覇を競う別の世界が生まれたかもしれない。

少なくとも、後世の私立学校生が官学との格差に煩悶する事態にはならなかっただろう。官学が存在しなければ私学差別は発生しないからである。

ところが、同人社も仏学塾も明治20年代にはその歴史を閉じ、いまや跡形もない。私塾起源の私学は、近代日本の学問と研究の王座に君臨することなく、東大を頂点とする官学がその地位を占め続けた。

1871年設置の文部省よりも前に創設され、大きなプレゼンスを誇った慶應義塾は、私学の衰退、官学の隆盛を実体験しながら歴史を刻んでいくことになる。慶應こそ東大の覇権確立の第一目撃者であり、第一被害者でもあった。


尾原宏之(Hiroyuki Ohara)
1973年、山形県生まれ。甲南大学法学部教授。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。日本放送協会(NHK)勤務を経て、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は日本政治思想史。首都大学東京都市教養学部法学系助教などを経て現職。著書に『大正大震災──忘却された断層』、『軍事と公論──明治元老院の政治思想』、『娯楽番組を創った男──丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』など。


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