最新記事
日本社会

「盗んだバイクで走り出すって......あり得ない」  Z世代に30年昔の尾崎豊の声は届かないのか?

2023年9月27日(水)17時50分
鈴木裕介(内科医・心療内科医・産業医) *PRESIDENT Onlineからの転載

無気力、引きこもりが増えた理由

ところが、高度成長期が終わり、バブルが崩壊し、努力によって物質的な豊かさが得られることが約束されなくなりました。さらには、物質的な豊かさだけではすべてが満たされて万事OKとはならないことも、徐々に明らかになってきました。

「寝食には事欠かなくなったけど、何かが足りない気がする」という現代的な苦悩が、徐々に主体になってます。そうなると、努力をして戦ったり、他人を蹴落としてまで物質的な豊かさを無理に追い求めることは、次第に敬遠されるようになりました。

費やす努力と、そこから得られる報酬(豊かさ)が釣り合わなくなってきたのです。そして、社会としても、個人としても、目指すべき方向性が見えにくくなってきました。そうなると、出世に興味を持たない人、人生の目的や優先すべきことを見失う人が増えるのは、自然の流れのように思います。

自分が何のために生きているのかわからない。

社会にも、自分の将来にも希望が持てない。

他者からの要求に流されている気がするけれど、強く逆らおうとも思えない。

「目指すべき方向性が見えなくなっている」「闘うことの意義が失われている(闘ってもムダ)」という社会全体の変化が、ただ静かにあきらめる、無気力になる、引きこもるという個人レベルでのストレス反応の変化に深く関わっているのではないか、と思うのです。

「ムカツク」から「ムナシイ」への大きな変化

演出家の竹内敏晴氏は、その著書『思想する「からだ」』(晶文社)の中でこう述べています。


「一九九〇年代になって、子どもたちの間には、『ムカツク』を追い上げるように、『ムナシイ』ということばが広がり出しているようだ」

いつの世でも、時代に対してもっとも感受性が高いのは若者たちです。この「『ムカツク』から『ムナシイ』へ」の変化というのは、社会学的にとても重要な視点だと考えています。

心身社会研究所の津田真人氏は、80〜90年代あたりから、われわれ人間の危機に対する防衛反応が、交感神経主体から背側迷走神経系主体へとシフトしているのではないか、と指摘しています。これは、私自身も臨床的に体感しているところであり、あらゆるところで、「背側化」の徴候が見られているように思うのです。

昭和世代と令和世代のストレス反応の対比は、文学や音楽にもよくあらわれています。よく引き合いに出されるのは、チェッカーズの『ギザギザハートの子守唄』と、そのオマージュ的な歌詞を含んだAdoの『うっせぇわ』です。


「ちっちゃな頃から悪ガキで 15で不良と呼ばれたよ」「ナイフみたいにとがっては 触わるものみな 傷つけた」(『ギザギザハートの子守唄』)

このように、『ギザギザハートの子守唄』の主人公は、「ナイフ」を持っていますが、『うっせぇわ』の主人公は、「ナイフ」を持っていません。

ストレスがかかったときに、交感神経的なアグレッシブで直接的な反抗をするのではなく、表向きは優等生的に迎合している。「でもなにか足りない」という虚無感、不満はあるけど、それが何のせいだかわからなくて「困っちまう」のではないか。

試写会
『シンシン/SING SING』ニューズウィーク日本版独占試写会 45名様ご招待
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中