最新記事

教育

偏差値が測定できない「ボーダーフリー大学」が象徴する教育困難校の実態

2022年12月3日(土)12時07分
朝比奈 なを(教育ジャーナリスト) *PRESIDENT Onlineからの転載

大学受験の関係者たちはこのような大学を「Fランク大学」や「名ばかり大学」等様々な名称で表しているが、最も知られているのは「BF大学」の呼称だろう。名付親である大手予備校のインターネットサイトでは、前年度の入試において不合格者が少なかったため、入試の際の合否可能性が50%に分かれるボーダーラインが引けなかった大学と説明している。

確かに、近年は、定員を充足していない大学が全大学数の半数近くに上っている。だが、これらの大学の中には、経営状況が厳しくとも、教育の質を保つために入試の選抜機能を手放さない学校も存在する。その一方、そうでない大学は、高等教育の学修が可能になるだけの基礎学力や能力、さらには学習意欲を持っていない学生が多数入学し、教職員がどれだけ努力をしても教育活動が功を奏さない状況になる。

筆者は、このような大学を、高校と同様に「教育困難大学」と呼びたい。

「教育困難大学」に勤務する教員の苦労

「教育困難大学」の実態を知る手がかりとして、このような大学に勤務している大学教員を取材した。

取材に応じてくれたのは60代男性、古川さん(仮名)である。彼は、大学院卒業後、数校の大学で非常勤講師として働いた後、1990年代初めから現勤務校であるB大学に常勤教員として採用された。B大学は幼稚園、高校他を展開していた関東地方の私立学校法人が母体で、1960年代後半に社会科学系の単科大学として発足した。その後の変遷を経て、現在は2学部、在学生数約2000人の小規模大学である。

キャンパスは主要鉄道の駅から約2キロメートル離れた住宅街にある。母体となった学校法人の活動も周辺地域に限定していたので全国的な知名度が低いため、学生募集に苦しむ年が多かった。90年代以降は、AO入試など多様な入試方法を取り入れ、また、学費の軽減措置を手厚く行って多数の留学生を受け入れる等の努力で大学の存続を図ってきた。

一方、学生や教職員の不祥事が少ないこと、慎重な経営方針を取って来たこと、時々の大学改革の方向性を忠実に実現してきたこと等もあり、高等教育の質を評価する大学評議委員会の認証評価に合格して正会員になっている。

1990年代にB大学で専任教員となった古川さんは、このような大学の変遷を渦中で体験してきた方だ。専門分野の授業の他に、新入生対象の、いわゆる「初年次教育」やゼミも30年近く担当してきた。大学教員には学生の教育面にあまり関わりたがらない人も多いが、古川さんは真面目で誠実な人柄から、学生指導にも熱心である。

また、B大学での勤務の他に、複数の国立大学の非常勤講師も長く兼務しており、大学間の学生の学力差についても熟知している。

「先生、おれら勉強、できないからさ」

取材の最初に、長い勤務期間中の学生の変質に関して聞いた。彼は過去を振り返るかのように少し時間を置いてから、「そうですねえ。ここで働き始めた90年代前半から半ばの頃の学生が最も活気があったような気がします。こちらが若かったせいもあるのでしょうが、良きにつけ悪しきにつけ意欲がありましたね」と応えてくれた。

「今の学生は、大人しいのですが、だからって真面目なわけではない。何事にも興味を失っているのか、縮こまっている気がします」と学生の気質についての感想を語った。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中