最新記事

教育

偏差値が測定できない「ボーダーフリー大学」が象徴する教育困難校の実態

2022年12月3日(土)12時07分
朝比奈 なを(教育ジャーナリスト) *PRESIDENT Onlineからの転載

学力面を聞くと、「基本的にはあまり変わらない気がするのですが」と言った。その上で、「この学校に勤務した最初の年、ある授業でいかにもヤンキー風の学生に言われたことを覚えています。『先生、おれら勉強、できないからさ。そこんところわかってもらって、適当にやってよ』と言われたんです。驚きましたよ」と話してくれた。

この話は、1990年代の大学改革で新たに大学に進学するようになった高卒生の一部の姿を如実に表している。この頃、学力上位層が集まる大学での「学力低下」が社会的に関心を集めたが、もともと学力が低い層が進学する大学では、学費が調達できて保護者が子に大学進学させたい高卒生が新しい入試方法を使って入学するようになったのだ。

学生の学力が大幅にアップした時期もあったが......

しかし、ある時期、学生の学力が以前よりも大幅にアップしたそうだ。古川さんはその時のゼミ記録を今でも保存しているが、それは1996年前後に4年生となった学生のものだ。

「この時は学生の学力や能力が高く、大学側は急遽、学生のレベルに合わせた授業を教員に要請してきました。私も卒業研究に関わりましたが、インターネットも今ほど普及していないこともあって、きちんとした文献資料を読んで、しっかり考察できる学生がいて驚きました」と古川さんは語る。

文部科学省の調査によれば、18歳人口がピークとなったのは1992年である。この頃は大学進学への意欲も向上していたが、大学や学部の増設は早計にはできない。そのため大学受験が最も厳しかった時期である。

従来であれば、一般受験でもっと偏差値の高い大学に合格する層の受験生が、B大学に入学してきたのだ。古川さんの体験は、大学に関する全国的な動きにまさに合致している。古川さんを始め当時の大学教員を驚かせた学生の学力差は、出身高校の学力差が反映したものと考えられる。

古川さん所有の当時の記録から、学生の出身地は関東地方に留まらず、東日本の広範囲に及んでいることがわかる。バブル崩壊の影響がまだ日本社会に深く及んではおらず、実家を離れて大学生活をさせる経済的余力がある家庭に生まれた学生が多かったことが推測できる。

「おたくの大学を志願する生徒はいないので」

古川さんは、この時期の学生の卒業論文を保管していたので見せてもらった。それらからは、この時期の学生には資料の読解力や学術的な文章の書き方など学修の基礎力が身に付いているとわかった。

バブル経済崩壊の影響が大卒求人に出ている時期だったが、B大学としては就職状況も良好で、当時、花形だった大手建設業や金融業等に複数人が入社している。「あの時は、この学生のレベルが続いてくれればと思いました。ですが、あっと言う間に元の学生レベルに戻りました」と、古川さんは残念そうに語った。

その後、有名大学の定員増や学部増設、それなりの知名度のある短大の4年制大学化などが続き、一時期B大学に入学した学力層の高卒生はそちらに動いていく。さらに、経済不況が長引き、地方からB大学に入学する学生は減り、必然的に大学周辺地域の高校から志願者を掘り起こそうとすることになった。このような動きはB大学だけに起こったことではなく、各地にある知名度も入試偏差値も高くない大学で同様に見られたことだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ポーランド、最後のロシア総領事館閉鎖へ 鉄道爆破関

ビジネス

金融規制緩和、FRBバランスシート縮小につながる可

ワールド

サマーズ氏、オープンAI取締役辞任 エプスタイン元

ワールド

ゼレンスキー氏、トルコ訪問 エルドアン大統領と会談
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中