偏差値が測定できない「ボーダーフリー大学」が象徴する教育困難校の実態
2000年代前半は、志願者を少しでも増やしたい大学が高校への広報活動である高校訪問を盛んに行った時期である。古川さんも関東地方で度々高校訪問を行った。その際に、高校側の大学を見る視線の冷酷さに気づいたという。
「大学の方針で、いわゆる進学校も訪問しました。こちらは大学の特色等を説明するのですが、気のない表情で一応話を聞いてくれるものの、最後は『うちからはおたくの大学を志願する生徒はいないので』と言われました。受験の偏差値できっちりと固定化した大学ランキングの一角を崩すのは、大学側が一生懸命努力しても難しいと感じました」と、当時を振り返る。
服装、持ち物、言葉遣い...すべてがとにかくラフ
高校訪問にはさほどの効果がないと判断されたのか、しばらくすると高校生や保護者等が直接大学に来校するオープンキャンパスに力を入れるようになる。この際に来校した高校生や保護者の姿を見て、古川さんは新たな変化を感じたと言う。
「自分が教え始めた頃は、学生も広範囲に来ていたので、日本の各地方に支部会があり、教員は出張で参加しました。その時に会った親御さんたちと、オープンキャンパスに来る親御さんとはずいぶん違ったのです。服装や持ち物、大学教職員に対する態度、言葉遣い等々、とにかくラフな印象なのです。来校する高校生もとても大人しいのですが、何を勉強したいのか、何に興味があるのかなどを尋ねても何も答えてくれないのです」
古川さんの嘆きはまだ続く。「オープンキャンパスでは個別相談コーナーを設けるので、そこの担当になることもあります。そこで出る質問は、毎年『勉強が苦手なのだが、大学に入って大丈夫か』『この大学を出ると就職は大丈夫か』『お金がないが大丈夫か』といった質問ばかりです」
入学式や卒業式に普段着でやってくる
さらに、「この頃から入学式や卒業式に来る保護者の様子も変わりました。式典という、いわばハレの日に着てくるとは到底思えない普段着のような軽装でやってくるようになったのです。
また、式典に乳飲み子や幼児を連れてくる保護者も増えました。それまでは、大学生にそんな幼い弟や妹がいるとは考えてもみませんでした。実際にはいたのかもしれませんが、式典には連れてこないという暗黙の了解があったかもしれませんね。とにかく、保護者の変化に驚かされました」と言葉を続ける。
古川さんが驚いた保護者の姿は、筆者のように「教育困難校」に通じている者には見慣れた姿である。式典などに対する常識が社会全体で変わっていることの影響もあるだろうが、彼の気づいた変化は、B大学進学者の家庭環境が、従来の進学者の家庭環境と異なってきたことに一因があるだろう。
1990年代は学力に重きを置かない新しい入試方法の導入で、学費が払える家庭で保護者や本人がどうしても大学進学をしたいと考えた層が大学進学した。最初の授業で古川さんを驚かせた学生の姿が、この時期の大学進学者を象徴している。