最新記事
日本社会

日本初の飛び入学で「17歳の大学生」になった「物理の天才」 今トレーラー運転手になった根本理由とは

2022年10月1日(土)12時50分
読売新聞社会部「あれから」取材班 *PRESIDENT Onlineからの転載
トレーラー運転手の佐藤和俊さん

トレーラー運転手として街を駆ける佐藤さん 写真提供=読売新聞社


1998年、千葉大学は全国初となる「飛び入学」を実施した。合格した3人は「17歳の大学生」となり、研究者としての将来を嘱望されていた。その後、どんな人生を歩んだのか。読売新聞の人物企画「あれから」をまとめた書籍『人生はそれでも続く』(新潮新書)より、佐藤和俊さんのケースを紹介する――。


千葉大学が全国で初めて導入した「飛び入学制度」

1998年1月、佐藤和俊さんの人生は、一変した。

「飛び入学 3人合格」

当時、高校2年生だった佐藤さんには、新聞の見出しが面はゆかった。

「科学技術の最先端を切り開く人材を育てたい」と、千葉大学が全国で初めて導入した飛び入学制度。「高校に2年以上在籍した特に優れた資質を持つ17歳以上の生徒」に大学の入学資格を認めるもので、中央教育審議会がこの前年6月に制度化を答申していた。

合格者3人のうちの1人に選ばれた佐藤さんは、17歳の春、「大好きな物理の勉強に没頭できる」と意気揚々と大学の門をくぐった。

あれから22年。佐藤さんは今、大型トレーラーの運転手となって、夜明けの街を疾走している。

普通の入試では、千葉大に合格できそうにない

あれは高校2年の、夏の朝のこと。私立成田高校(千葉県)の担任教師が、「千葉大学が『飛び入学』を始めるそうだ。誰か挑戦してみないか」と教室で呼びかけた。

「これは、やるしかないな」。佐藤さんはすぐに思った。

中学の時、「いま見えている星は、もう存在していない可能性がある」と授業で聞いてびっくりした。

光は一定の速さで動いていて、伝わるのに時間がかかる。だから宇宙で光っているように見える星も、何百年、何千年かけて光が地球に届く間に、星自体が消滅しているかもしれないというのだ。

「光に速さがあるなんて!」

それまでは野球部の練習でくたくたに疲れて家に帰って、すぐ寝ていた。でも、辞典で一つの用語を調べると、そこにある別の用語の意味を知りたくなる。知りたい世界がどんどん広がった。物理を理解するために、数学にものめり込んだ。

高校の化学部時代の佐藤さん

高校の化学部時代の佐藤さん

ただ一つ、問題があった。

物理と数学には自信があったが、国語や社会では赤点を取ることもしばしば。両親からは「進学するなら地元国立大の千葉大に」と言われていたが、すべての科目で高得点が求められる普通の入試は、自分は突破できそうにない。

高卒で就職かも......。そんな考えも頭をよぎっていた頃、〈物理のスペシャリスト〉を求める飛び入学のチャンスが、飛び込んできた。

3人には「専用の自習室」が用意された

「われわれには、飛び入学で日本の受験制度に風穴を開けたい、という気持ちがあった。従来の発想にとらわれない『とんがった学生』がほしくて、佐藤君はまさにそういうところがあった」。大学で指導した山本和貫准教授は、そう振り返る。

全国初の飛び入学試験。第1問は、〈火星の水が失われた原因を論理的に述べよ〉。火星に水がない原因には諸説あり、いわゆる正解がない問題だった。

「手応えは分からなかった」という佐藤さんだが、見事に最初の合格者3人のうちの1人に選ばれた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=まちまち、トランプ関税発表控え

ワールド

カナダ・メキシコ首脳が電話会談、米貿易措置への対抗

ワールド

米政権、軍事装備品の輸出規制緩和を計画=情報筋

ワールド

ゼレンスキー氏、4日に多国間協議 平和維持部隊派遣
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中