麻薬カルテルのボスが性転換で「アンチヒロイン」に...映画『エミリア・ペレス』は犯罪サスペンスで異色のオペラ
A Wild Ride of a Movie

リタ(左)は女として生まれ変わったエミリアに再会 NETFLIXーSLATE
<カンヌ国際映画祭では賛否両論。主演にトランスジェンダー俳優を迎えた異色のミュージカル映画は「女として生きること」を型破りに描き出す──(ネタバレなしあらすじ&レビュー)>
フランスの巨匠ジャック・オディアール(Jacques Audiard)が監督・脚本を手がける映画『エミリア・ぺレス(Emilia Pérez)』は、冒頭から明らかにミュージカルだ。
典型的なブロードウェイ・ミュージカルの映画化では登場人物が感極まったときだけ歌い出すが、本作では登場人物より先に音楽が湧き上がってくるかのようだ。
フランスの作家ボリス・ラゾン(Boris Razon)の小説『エクート(Écoute)』(2018年)を原案にしたオペラをという当初の想定どおり、派手で仰々しい作品に仕上がっている。
本作の歌姫は1人ではなく3人。それぞれが激しい怒りや憧れ、充足感や葛藤に欲望を込めた長いアリアを最低1曲は歌い上げる。2時間ちょっとの上映時間で、メキシコやイギリスでの約5年間の出来事を網羅。
ストーリーもクライム、メロドラマ、自我の不可解さをめぐる省察など多岐にわたり、さらにはサスペンス、偽りのアイデンティティー、贖罪、傲慢など、フィルムノワールとかつてのお涙頂戴の「女性映画」ほどジャンルの異なるテーマを扱っている。
女性のみに向けた作品ではないが、女として生きる体験を深く掘り下げる。それを一種の監獄の中のように感じる者もいれば、女性であることを個人的・社会的な再生の可能性の場とみる者もいる。
トランスジェンダーの(アンチ?)ヒロインであるエミリア・ペレスを演じるのは、スペイン出身で自身もトランスジェンダーの俳優カルラ・ソフィア・ガスコン(Karla Sofía Gascón)。度量は大きいが矛盾だらけで、立派だが救い難い人物を斬新かつ感動的に演じている。